0924

なるべく穏やかにすごしたい。ほんとうにそう思っている。ここ1年半怒涛だったと思う。みっつのお葬式とよっつの失恋とふたつの事故でよろめいて、ひとつの運命とひとつの宿命と静かな小川のおかげでいまはどうにか微笑んでいられる。いくつかの絶交もあったけれど、そこに執着しないうちにつぎの出会いも生まれた。救ってくれると思っていた人に甘えすぎて呆れられ、救われると思っていなかった人に受け止められた。巨大な砂の層の中に埋もれたわたしが強い風で暴かれていく。本物だけが最後に残る。ううん、本物にしたいものだけはどうにか抱えて最後まで残そうとした。

 

砂嵐のような3ヶ月を経て、その怒涛の渦の中にいたときのことをうまく思い出せない。なるべく穏やかにすごしたい。何がいつ奪われてもおかしくないのか、生活がどれだけ揺らぎやすいものなのか。どうしようもなかったときの残りわずかの香水の瓶のような落ち着かなさ、そのときのプレイリスト聞いて思い出してしまった。

 

知ってると思うけどこの世界にはたくさんの、目次を眺めるにも途方にくれるほどほんとうにたくさんのものがあって、だから聴きたくなくなってしまった曲を聴けるようになるようにする必要なんか、もう無いのだ。新しい歌をたくさん聞けばいい。

 

 

何があったのと問われてとても簡潔に答えられるようになってきた。「よっぽど暇だったんだね」と言われてしまうと思った。「そうだったんだと思う」と答えるつもりだった。ユキはわたしとしばらく会わない間に母を亡くし、はなれた駐屯地にいる父を応援しながら6つ下の弟を高校へ送迎し、その夕飯の長ねぎを抱えているところでわたしとすれ違った。ユキは痩せて、とても美人になっていた。

 

「まんつ、げんきでやってこうね」

 

と言われた。ほとんど何にも聞かれなかった。先回りしていろんな言葉を用意していたので、拍子抜けしてしまう。でも、それでいいと思った。みんなにはみんなの苦労があって、やっていくしかない。責任取れないんだから干渉することもない。適当に野菜炒めするかな、というユキがとてもかっこよかった。

 

沈黙の中でやりとげたことこそが、ほんとうに困った時に静かに力強く光ってこの身を救ってくれるのかもしれない。

 

たくさんツイッターをしてどんよりした。反動のように来週からの退勤後のお茶の予定をふたつ入れて眠る。自分が死んでも残る言葉は結局、だれかと会話したものだけではないでしょうか、どうでしょうか、青葉くん。

 

0922

 

雷ちゃんが昨日誕生日だったと言うのでいそいで約束を取り付けた。川沿いのベンチでコンビニのおでんを食べよう、と約束したものの、誕生日だぞ…と思い、100均でしょうもないきんきらのハッピーバースデープレートと、浮かれた眼鏡と、数字のろうそくを買って、ケーキを買いに行こうと決めた。10億円!と書かれた宝くじ屋の旗の前で待った。

 

紫芋のモンブランと天使の羽がくっついたようなバニラのドーム型のケーキを買って、パリャーソへ行った。夜に行くのははじめて。おとうさんがにこにこ出迎えてくれる。貸切状態だ。まどろっこしいくらい丁寧な説明を聞いてから食べるチーズのなんと濃い匂い。舌先がうらがえりそうになる。白ワインをふくむと口蓋がひろがる。お互いの愛の話をしていたら、窓の外で鳥居をくぐる猫を見つけて、雷ちゃんが「あっ!」と指さす。しっぽ太いねえ。

 

パスタの牡丹海老はほろほろと崩れ、つるむらさきの茎がほろ苦く、ワインとよく合った。ゆ〜っくり一杯飲んだだけで、心地よく酔っ払った。

 

ケーキは外で石階段に座って食べるつもりだった。川沿いを歩いているとふかくさのランタンが灯っていて、ピアノの音が聞こえてきたから思わずふたりで立ち止まる。おじいさんがすごく綺麗な手つきでピアノを弾いていて、その後ろで別のおじいさんがにこにこしながら、次、パヴァーヌな、とか言っている。ジブリみたい。目の前の作り物みたいな光景に思わず笑ってしまう。しばし眺めているうちに、店内の全員が、入って聴いていきな!と手招きしだす。マダムに「あの、この子誕生日なのでケーキ食べたくて」と言うと、「もちろん!食べていいよ!コーヒーか紅茶を出すわ、あ、ねえ、誕生日ですって!ハッピーバースデー弾きましょう!」あれよあれよと小皿とフォークが出てきて、ろうそくに火をつける。お店にいた人みんなが立ち上がり、出窓からはテラス席のお客さんが身を乗り出してこちらを覗き、マダムの指揮でおじいさんがハッピーバースデーを弾く。ひゅー!おめでとう!ワインやビールを差し出されるたび、わたしたちはお冷やを合わせた。夢みたい、と雷ちゃんが涙目になる。そうだね、こんな、こんな。ろうそくの火が消えると、川沿いの、蔦にまみれたちいさな喫茶店で、それぞればらばらの大人たちが大きくてふわふわの犬を撫でたり、ウィーンの旅行雑誌を眺めたり、上弦の月の話をしていたりする。「お姉さんたち、盛岡っていいとこだろ?」頰をあかくしたおじいさんが笑う。ちょうど、わたしたちもそう思ったところです。ピアノがお兄さんにバトンタッチされると、お兄さんは冬のソナタを弾いて笑いを取ったあと、スピッツ空も飛べるはずを弾いた。みんなで歌う。よく知らなくて歌えない人はみんな指揮をしている。めちゃくちゃだ。川に夜の街の光が映る。柳がやさしく揺れる。「いい夜だねえ」と誰かが言い出すと、空いたグラスにワインが注がれる。

 

ここに集う人たちは趣味も職業も年齢もその日によっていろいろで、けれどその日その日でみんなこうして仲良くなってしまうのだという。viviと呼ばれているママ、どらちゃんと呼ばれるやさしい顔のお兄さん、天文が趣味のおじいさんと画家のアサさんと野鳥が好きなおじいさんとピアノ弾きのおじいさん。たまたま学会で盛岡に来ていたという韓国人のお兄さんの名前がサンさんで、雨のわたしと雷ちゃんは目を丸くする。「わたし、レインです!」「わたしは雷!」「僕はサンです、でも今夜はこんなに天気がいいから、僕の勝ちですね」みんなで笑う。きみたちはどういう友達なの?と聞かれ「わたしは雷ちゃんって名前を聞いたときに、これはもう運命だと思ったんですよ」「わたしはもともと彼女のファンで、彼女の本を買いに書店に行ったら本人がいたんです、それで」思わずふたりであわてて話し出すと、みんなが「なんて素敵な友情なんだ!」「どうしてこうもおもしろいひとばかり集めるのかしらねえここは」「ようこそ!夜のふかくさへ」と笑う。ドッグくん、と呼ばれている大きな犬が、雷ちゃんのことを賢そうな瞳で見つめたあと、ゆっくり、ゆっくり、手の甲を舐めた。

 

促されて雷ちゃんがピアノの椅子に腰掛ける。と、風が吹いて、さっきまで笑顔でふにゃふにゃしていた目に静かな火が燃えた。瞬間、つよく、繊細に、力強く、たー!っと、雷ちゃんがピアノを弾いた。思わず全員が息を飲んでしまう。全然弾けない、って言ってたくせに…。すこやかで伸びやかで、聡明だった。指がはやくてよく見えない、ただ、その横顔は本当に美しく、ピアノには魂が宿ったように見えた。みんなが見ほれはじめたそのとき、あっ!短く叫んで雷ちゃんが手を止める。「まちがっちゃった!」みんながワッ、と笑う。かわいい。

 

天文好きのおじいさんが、来月に川の麓で月を見る会があるから是非おいで、と誘ってくれる。「レイン!次はきみの誕生日をみんなで祝おう!」「ぜったい約束ですよ!」またおいで、またおいで、とみんなに手を振られてお店を後にしながら、ふたり同時にため息をついてしまう。なんだったんだろ、この夜。「レインちゃんと一緒にいると映画みたいな事ばかり起きるね」と雷ちゃんはそう言って、さっき弾いた曲が〈ギロックのこどものためのアルバムより、雨の日の噴水〉だと教えてくれる。雨の日の噴水。わたしはほんとうに、どうしてこういう素敵な人ばかりに恵まれてしまうんだろう。

 

帰宅してから、白ワインの乱反射する光が雷の色だと思ったことを言い忘れたことに気がついて、でも、また会えるしいっか。奇跡みたいな夜が、わたしたちには何度でも訪れる。

 

0920

 

 

わたしのこと思い出してね、といくつもの別れ際にそう言った。別れ際にドアまで見送られるのがとても苦手で、信号や分かれ道で、また明日もどうせ会えるみたいなかんじで手を振りたいけど、どうしてもそうってわけにはいかないから、わたしのほうが最後まで送っていく。かっこよく立ち去りたい、なんてことない顔をしたい。そうでなければ泣いてしまうから。ほんとうの意味で何を失ったことも、何に傷つけられたことも、離れてしまったこともないのに。ほんとうの意味ってなんだよ。ふざけんな。

 

もう無敵ではない。のに、無敵でないことがわかっていてそれでもなおみなぎるこの明るさや自信が、かつてのそれよりも信頼の置けるものだと疑わない自分を疑いたい。待ち合わせるときは雨が降っていたのに、台風はそそくさとどっかに行ってしまって、めそめそ帰路についた途端また雨が降ってきて、今回はさすがに上出来すぎる。わたしはなんにもしてないのに舞台がみるみる整ってしまう。思い出してね、じゃなくて、忘れないでね、と言う。思い出しているだろうから。その自信があるから。目を閉じると日々は万華鏡のように鮮やかに散らばってゆっくり回る。二度と同じ形にはならないから、だからあわてて書きとめる。仕掛け絵本の伸びる首、ピアノの黒に映る木々、グラスの底の葡萄、単線、眼鏡の曇り止め、強風に立つ警備員、どんぐりの帽子、380円のトマト、楽天イーグルスの6色ボールペン、ださい決めポーズ、どうぶつにはフラッシュを焚かないで、チョキをすると空間のかたちがかわります、こっそり小窓を覗いたチャペル、うさぎのものまね、気休めに爪でつけるばってん、にせもののかぼちゃ、鮭のしぼり汁ってなんなの、木苺のコンフィチュール、回文の里、バスで乗り合わせた長い三つ編みのおばさん、名湯だから黙るね、行き来する500円玉、ちいさな石臼、フランケンシュタイン、中庭に咲く水引、投げられたように飛ぶ大きな虫、虹をみっつも見たそのうちひとつはとても低いところに、だからナビを間違ったってことにしておいてよ、隣のおじさん星の王子さま読んでた、perfumeみたいな展示、拳より大きなマシュマロ、引いたときに鳴ってしまう鐘、屋根裏部屋の窓、うそみたいに飛んで行った二枚のチケット、空き地になった神社、612、おばさんに引き止められてのぼせたこと、隣のカップルの喧嘩、目の前で売り切れたショートケーキ、冷蔵庫の水深、1分前からタイムリープしてる、無人駅の公衆電話、ピアノアレンジのサザン、赤すぎる耳、ロッカーの番号、わかってる、ぜんぶわかってる。なにを言われてしまうか、なにを言われてしまうおそれがあるか、なにを言われてしまうおそれがあるかわかっていても言う必要があることを。わかってるよ。わかってないかもしれないこともひっくるめて。

 

 

 

瞳のなかに吹く風がある。とてつもなく強い風だと、いまあなたが何を考えているのかなんにもわからなくなってしまう。テレビの砂嵐をずっと見ていたら狂っちゃうじゃん、それと似てて。居てもたってもいられなくなる。仕方なく自分をみつめて空回りするチョロQみたいにおなじところを走ってしまう。

 

 

 

こわくないわけがない。でも、わたしの恐怖はちっとも長続きしない。

 

 

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銀河鉄道はちゃんと地面を走って遠ざかる。

 

 

秋に攫われないで。

 

 

 

どこ

 

 

怒子、というハンドルネームで共同サイトをやっていたことがある。

 

16歳か17歳の時なので、6年ほど前のことか。そこには他に喜子と哀子と楽子がいた。文芸部仲間4人で、わたしたちは架空の姉妹を演じていた。喜は黄色、哀は青、楽は緑の、それぞれのプロフィールページがあった。わたしのプロフィールは赤い背景で、口の端を小指でひっかけて引き伸ばして、だるそうに威嚇したような写真だった。イーッ。Nenetのにゃーのシャツを着ていて、zoffのアラレちゃんみたいな眼鏡をかけていた。

 

更新頻度はそんなに多くなかったと思う。勢いで声をかけて組んだものの、そもそもあんまり仲の良くない4人だった。そのうちふたりは高校も違ったので、どうにも仲良くなりようがなかったというのが正しい。コンセプトもろくにないまま、5ヶ月くらいかけてリアルタイムが18投稿くらい更新された。4人で遊んだのは一度きりで、盛岡でemotionalと落書きをしたプリクラを撮って、大して話も盛り上がらず、生パスタを食べて、また会おうね!とついに誰ひとり言わずに、遠くから来たふたりを駅で見送った。

 

喜子とはいまでも仲良くしているけれど、お互いが架空の姉妹で長女と次女だったことには触れない。触れたら触れたで、そんなこともあったねえ、なんて笑えると思うけど。そうならないだけで。

 

 

怒子のことをこうして思い出すときは、大概、何かに対する怒りが持続しなかったときだ。「怒るのは体力がいるから、若いうちにたくさん怒っておきな」と6つ上の知人に言われたことがある。「でも、怒りには、怒り続けなければならない責任があるよ」とも。そのことをよく考える。怒子だったらもっと怒り狂っていただろうな、と思う。怒子に大人のお手本を見せているようなきもちと、怒子にわたしの代わりに怒ってほしいようなきもちが両方ある。

 

 

サイトは、怒子と哀子が大喧嘩したのがとどめになって閉鎖された。どっちみち更新されていなかったから、悲しむ人もあんまりいなかった。閉鎖してから1年ほど、楽子は怒子ととても親しくなってふたりで遊ぶほどになるが、「仲良くすればするほど好きだけど大嫌い」と言って、突然怒子は絶交を言い渡される。「あんたがわたしの何に悔しいのか、羨ましいのか知らないけど、わたしはあなたに何も悪いことしてないよ。好きにすれば」と言い捨てた怒子は、そのあとくよくよと悩む。「仲良くするほど好きだけど大嫌い」という言葉の意味を、ずっとずっと考え続けて、ずっとずっと悩み続けて、ずっと。怒子はそのことを怒っている。

 

 

なんだったんだろう。なんだったんだろう、と言いながら過去になりきることのできないいくつかのトラウマを踏んでまた転ぶ。悪意のことを剣や針にたとえるのは余りにかっこよすぎてだめだよ。悪意は蜘蛛の巣みたいにもわっと顔を覆って、拭っても拭ってもくっついているような気がする。

 

人生には三大前提があって

①過去は変えられない

②他人は変えられない

③できることしかできない

だって。大学で習ったことでいちばん有益だったかもしれないな。

 

 

 

小指を口の端にかけて、やめる。なるべく苦しい日々を送ってほしいと願ってしまう人間くらい、わたしにもいるけど。イーッ、て怒るのは許しているときだけ。

 

 

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怒子、わからないね。わたしもまだわからないよ。

 

 

9月5日

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あたかもそこで暮らしているかのように、知らない団地に入ってフェンスに頬杖をついてそういう顔ができる。マンションを見上げるのが好きだ。なんていうか、未来があるから。

 

 

彼女に腹を立てているのか、あのときの自分に腹を立てているのかわからなくなって、昼休みにまた川沿いを歩いてしまう。みんなからあのときどう思われていたのか。その上でどうしてあれほどやさしくしてもらえたのか。彼女が自分に重なるからこそ、どう声をかけていいのかわからない。ほんとうに無理だと思っていたことも、わかるし、でも外側からでは救いようがないし、それは甘かった。追体験を持ってわかる。あきらめを伝えるとき、やさしさのほうが怒りよりも簡単だということか。情けない。どうしようもなかった。わたしがどうしようもなかったから、どうしようもないことばかり起きた。そのことにこうして気がついて、償うようにまともに働いてそれなりに疲れて暮らしていて、ほんとうに良かったと思う。ひとりひとりみんなにこういう経験があるのだろうか。ほんとうに? 生活を作品にしているうちに、作品のような生活になってしまう人がいるんじゃないかって昨日の夜ツイートしてた人がいたけど。あ〜、ほによ。

 

「恋をして愚かになるものは、恋をしなくても遅かれ早かれ愚かになっていたのよ」と、中国茶を飲みながら魔女に言われて、7年間。わたしは恋をしていてもしていなくてもつくづく愚かだった。そのどれもが中途半端で、しかし全力で愛おしかった。仕方なかったし、やっていくしかないし、今の自分を肯定できるだけの材料はここにたくさんある。

 

 

 だからもうこんなことする必要もないのにな。ないから鞄をからっぽにして家を出るのに、ファミマでたばこを買ってしまう。ミドリの前でどうしても、どうしてもだったとき「強気になりたいから」って言って吸った、あれはその場しのぎの言い訳のつもりだったけど、案外的確なのかもしれない。強気になりたい。強くなることができないから、せめて強気に。ミドリがわたしを仕掛け絵本みたいにひらいてくれる。複雑に、ゆっくり、丁寧に飛び出す。

 

 

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そらぁ早死にするわな。先端の灰がお葬式のときのとおんなじだもん。

 

夕陽を直視したせいで視界の真ん中に白い穴が開いている。二本だけのために買った一箱ばかりが部屋に溜まっていく。強気になりたいし、強気になった状態で思い出さなきゃいけないと思っているのかもしれない。忘れてはいけないと思い知りたいのかも知れない。

なにを?

あki

すごく涼しくて、晴れていて、どことなく音質がクリアで、みんなの香水が柑橘から甘めのものに変わっていて、すべてが濡れてしっとりとしていて、木を焼いたようなけむりくさくて、箱ティッシュみたいなバスが次から次へと駅に来て、人を飲み込んで駅から離れていく。街のど真ん中にある小学校では中学年くらいの生徒たちがちいさなハードルを並べている。夫婦と思しき社会人ふたりが顔を見合わせて小走りで点滅する青信号の横断歩道を渡る。銀行員のメガネがべっ甲でつやつやしている。前の女性のリュックサックに咲く花はたぶんカモミール点字ブロックが土踏まずのきもちいいとこに当たるように歩く。いまだに高校時代のローファーを履いている。このままどうなっちゃうかなんてわかんないけど、あのときああしちゃったのは、最善じゃなくても最悪じゃなかったな。くるりとか聴いてさ。って打ちながらガム踏んだ。

 

夏があんなに好きになってしまったのに、秋もこんなに好きだったことを思い出す。何のことも好きになってしまうのは短所じゃないってば。

 

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ざんねんでした!と言いながら抱きしめる。

 

すべてうまくいく、じゃなくて、すべてうまくいってる。

 

ファミマの生ハム

 

コンタクトを切らしたのでここ3日眼鏡で職場に通っている。ガラスに映る自分の顔の野暮ったさに思わず哀れみの表情を向けてしまう。冴えない。冴えないなおい…顔がダサい。

 

帰り道、何の気なしに眼鏡を外して歩いたら思いの外すべてがぼやけてくらくらした。

 

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こんなに見えてなかったかな。0.4のわたしでさえこんなに見えないのだから、よっぽど目の悪いミドリはもっとひどいのではないか。朝なんか、初めて人間界に来た生き物のような動きで眼鏡を探しているし。「眼鏡を外してわたしを抱きしめているとき、わたしがあざらしにすり替わっても気がつかないんじゃない」と言うと、「そのときは、生臭いからわかるよ」と言われた。そうでしょうけど。あざらしが好きなのに、あざらしにあんまりいい思い出がないのに、あざらしが好きだからなにかとあざらしを会話に出してしまう。

 

 

この前試着してからずっとJINSの眼鏡が欲しい。12000円のやつ。うーん……

 

開運橋でカメラマンっぽい人が大きなカメラを構えていたからつられてそちら側をみたけど、取り立てて美しい風景じゃなかった。駅地下の八百屋で里芋を選んでいたおばさんが、その状態で遠くの誰かをみつけて、里芋を持った手をぶんぶん振っていた。よぼよぼの干し梅をべっこう飴で閉じ込めたお菓子を眺めながら、過去の最悪だった出来事もこんな風に固まってくれればいいなと思った。んや。そこまで思ってないです。あのときあんなに大きくて深くて途方にくれるような絶望だったものが、干し梅みたいにしょぼくなっていくな、とは思っている。

 

 

 

 しゃきしゃきしていたのに、駅地下を歩きながらお腹がすいて来たらへとへとになってきて、いちじくと生ハムを買ってしまった。こんな日は小さな部屋に帰りたいきもちになる。わたしの616号室には、いま誰が住んでいるんだろう。HALCALIクチロロのcosmic danceを8回聴いているうちに、帰宅。