12月28日

「仕事してると一年が飛ぶようでしょう」と、同じ鏡台で化粧をしながら母がが言った。うん、はやい。眉を描く。「よくがんばったんじゃないの、8ヶ月」母はおでこにファンデーションを塗っている。うん、がんばった。チークは笑顔の頬骨の上に乗せる。

 

忘年会はお寿司屋さんだった。えらい役職のみなさんは、必ず話の中で「みなさんのおかげで」と言った。みなさんのおかげで、と、本当に思っていることがわかって、敬意があるなあ、と感動した。人生初忘年会なんです!と打ち明けると、それならきちんと手本を見せなきゃな、と上司たちは笑い、コップのビールはどんどん増えて、いつのまにか一番えらい人とキューブリックの話をしていた。遊んで暮らしていた時に見たものや聞いたものが教養という形でいまのわたしを助けてくれるものだなあと思う。生麩の乗った茶碗蒸しを食べながら、引き続きなんの居心地の悪さもなく上司たちとたのしくお酒を飲んで、ビンゴはブービー。かわいそうだから工藤ちゃんに大きい景品あげよっか。いいんですいいんです、みなさんに忖度しているので。あはは。あべどりのチキンカレーのレトルトセットを貰った。

 

どうして大人は年を忘れたがるのだろう、と思っていたけれど、忘れたいことが増えてこそ、大人になったってことなのかもな、とか、ぼんやり思いながら駅まで小走りで向かった。もうあまり後ろを振り向かない日記を書きたいな。淡々と。来年は。

 

 

帰省した弟が迎えにきてくれた。運転がわたしよりも上手い。2人とも成人して大人の兄弟になったもんね。無口な弟がふいに、雪、ぜんぜんないね。と話しかけてくる。おとといくらいまであったんだけど、雨で溶けてね。雨? うん、そっちも降ってるの? や、一回も。一回もか。

 

 

できない

高校生のときは自転車を2台持っていて、その2台とも使って学校へ通っていた。自宅から駅まで行くための自転車と、電車に15分乗った先にある駅から学校へ行くための自転車だった。15分と20分。合わせて8キロを毎日通っていた。自転車に乗りながら同じ曲ばかり聴いていた。全然飽きなかった。というより、毎日同じ景色の中でいろんな気持ちになるのを矯正するために、モチベーションを同じ温度にするために、同じ曲ばかり聴いていた。その都度気持ちが湧き上がり、学校に行くための自転車で、河原の公園のベンチへ行ってポメラを打っていた。正直、高校に通うのは結構つらかった。落ちこぼれだったのだ。勉強がちっともわからないから短歌や俳句ばかりノートの端に書いていて、そのせいでもっと勉強がわからなくなった。工藤、安心しろ、お前には伸び代しかないからな!大きく笑う先生に、ッスよね〜!ってニカニカ笑い返して、26点の再再再再テスト用紙でぽかりと殴られた。そういう振る舞いがいつの間にか染み付いてしまった。それでもいろんなものに対して、見てろよ、と思っていた。見てろよ。奈良美智の描く女のような目つきをしていた。

 

帰り道、駅から実家に向かうまでには大きな田んぼが連なっていて、水が引かれると一面が鏡になって山が逆さに映る。そこを全速力で自転車を漕ぎながら、チャットモンチーandymoriやSISTERJETの特定の曲をリピート再生していた。ふくろうずのマシュマロは、その中で最も多く聴いた曲かも知れない。

 

何か長いものを書くときは、BGMを決めてから書き出す。ふくろうずのマシュマロを聴きながら、吹奏楽部の女の子が、不登校のドラマーと出会う小説を書いた。もはやわたしの話だった。30枚の規定だったのに38枚になって、8枚削ったから審査員からは「内容が詰め込まれすぎ」という評価が下り、でも、全国で3位になった。3位になりました、と言って、その冬に取材したドラマーのお兄さんと交際した。

 

なんかドラマーが好きになってしまう時期があって、どのバンドもドラマーがいちばん好きだった。いまでも伊藤大地くん、好きだし。それで、ふくろうずからドラマーが脱退してから、自分の中でなんとなく疎遠になっていた。不仲説とか薬物事件とか暴力事件とか関わると、そのバンドをあんまり聴かなくなるので、でも、バンドって往々にしてそういうところがあるので、音楽を聴く以外の応援をあんまりしてこなかった。音楽雑誌もナタリーもほぼ読まない。ここまで書いて、わたしは音楽に対しても偏見と妙なミーハーで接しているのだなあと思う。

 

アルバム、最初の2枚しかろくに聴いていない。ライブも行っていない。好きなアーティスト、と言われて真っ先には出てこない。相談天国も、内田にいらいらすることがあったりして全部は見られなかった。でも、最初の2枚を呆れるほどたくさん聴いた。聴くとそのときの感情が再演される程度には。できない、がいちばん好きな曲で、いちばん最初に知った曲だった。PVが衝撃的だった。内田の声真似をして何度も歌った。

 

解散、とか言われても。ふーん、と思ったはずなのに、一晩明けても重く沈んでしまう。わたしは何にこんなに傷ついているのだろう。たしかにわたしの中で何かが落っこちて割れた音がした。

 

秋は冬になる。咲いた花は枯れる。雨は土に染み渡る。冬はさらなる冬になる。人はいずれ死ぬ。バンドは解散することもある。ちがうよ、わたしはそういう諸行無常的なことを言いたいのではない。いつのまにか置き去りにしたふりをした、全然置いていけていないわたしの大荷物と目が合って、その荷物が、燃えて、消えようとしている、焦りのような、成仏のような。

 

 

 

雨がふったって

あの日々は戻らない

それでも

いいよ

あなたが

夢を

 

見せて!

 

 

その束の間の夢が、わたしにとってはふくろうずを聴くことだったのかもしれない。自転車を漕ぐ、ぶさいくで、必死で、ひりつくほど眩しく輝いていたわたしがヘッドホンを外してしまう。戻らないあの日々が、そろそろ、もう、ほんとうに戻らなくなるのだと、認められないのか、わたしは。

 

 

12月17日

旅の話をもっと聞きたい。と思った。いままで、旅が語られることにあまり興味を持ったことがなかった。でもそれは旅そのものに興味がなかったのではなく、わたしの興味のない、もちろんわたしへの興味もない、テレビの向こうの芸能人の旅だからだ。好きな人の話すことはなんでもたのしい、みたいなの、あんまり賢い感じがしないけど、好きな人たちの旅の話を聞くことはとてもたのしい。良い旅をする良い友人たちに恵まれている。長野の港町に売られるずらりと並んだ串刺しの魚たちと、人馴れしたシマリスの写真を見せてもらいながら "いつか身動きが取れなくなって退屈な時間が増えたときに想いを馳せるための場所を増やすのが旅だ" って言葉を思い出す。インターネットでだれかが言ってた。旅の話を聞くと、わたしが想いを馳せることのできる場所がその数だけ増えるような気がしてくる。それと同時にその人のことを思い出すことができる。わたしは日本中に友達がいる。ほんとうに、日本中にいる。あと人生で何度会えるかわからない人に、それでも会う、会いたい。いずれ消えてしまう火だとわかっていても、ぶっとい蝋燭を突き立てて、火を放って、笑顔で手を振る。あるいはその蝋燭とマッチを渡して、見送る。

 

この街にある何を紹介してもそれよりも大きなものがある街の人だった。氷点下の凍える寒さすら、彼女にとっては一回り小さいもののようで、ほっかいどーはでっかいどー、と思った。言わなかった。彼女は参拝するたびに帽子を脱ぎ、それを心臓の位置に重ねるように持ち歩く。やけに美しく、わたしはその景色を再現するためにいままで被らず嫌いをしていた帽子を欲しいと思った。

 

7年間も会わずにいたとは思えなかったが、どこかで会ったことがあるとも思わなかった。ふしぎ。鍵屋のお父さんに、ふたりはそんな遠いのにどこで出会ったの、と言われ「インターネット」と答えたら便利だこと、彼氏もそうやっていい人見つけねばねえな、と笑われた。ふたりとも居るので目を合わせて笑う。

 

帰宅したらベッドの下にプレゼントが仕込まれていて、へな、と座り込んでしまった。手作りのかわいいカード。盛岡まで来てもらってわたしは何もしてあげられなかったような気がしてくる。でもそんなことないね。また会いにいけばいい。こんなに素敵な友達ばかりいるのだから、わたしだって頑張らなくちゃ。

 

 

もう1年が過ぎるのか。こうして、遠くの死に向かってゆっくりと歩いて行くのだろう。音楽くらいしかたのしいものないし朝が来るまで終わることないダンスを踊るしかないと思っていたけど、それもそうだけど、思っていたよりもっと地に足つけていろんなことができそうだな。自分のことをちゃんとやる。それにちゃんと向き合っていれば、他のこと考えている暇なんかなかったんだ。悪意は、悲観は、へんな時間のゆとりから生まれるものだって上司が言っていて、すんなり腑に落ちた。それは見て見ぬ振りをしてるんじゃなくて、見えてないものをねつ造するなって意味。

 

 

盛岡にまた月曜日が来る。全員吐く息が白くて、全員生きていて、仕事へ向かう。その波のひとつぶとして悴む指先に息を吐きながら、なんてことのない風景に無性に感動してしまったりするのは、年末に圧迫されたはやる気持ちのせいにして。

 

12月15日

これだけ生きてきて同じ曲ばかり聴いているんだなあ。全曲シャッフル再生しても似たような曲が流れてきて、似たような気持ちになる。蓮沼執太のhello everything、サンキャッチャーを買った日にずっと流していたなあ、とか。

 

あのときの情熱の速度、厚さ、もう二度とあんな風にこころに身体が追いつかないことはないような気がしていたけれど、沸き立つものだと思った。15分の劇を見た。白い衣装が未来の象徴だったとしても、あれはわたしだと思った。わたしがいままでにしてきたことそのものだと思った。そうか、沸騰石で、生活を、人間を再演してみせるものが、再熱させてみせることが、それに苦心するものが、演劇なのか。400年の、10分間の、空色の背景に白い文字の。2020年、わたしは26歳になる。ずっと昔から結婚しようと決めている年齢だ。そのときほんとうにこの国はお祭り騒ぎで冷ややかに熱狂するのだろうか。わたしは400年以上の愛をものにすることができるのだろうか。その頃までにわたしはあの小石の上に乗り続けることができるのだろうか。いままで悉く小石の上に乗り続けることができなかった。乗り続けることは、それをやめるよりもわたしにとってはむずかしいことだった。好奇心に何かを失うことを待っていた。よく滑る靴下をわざと履いたり、フルマラソンで乗ったり、小石を失くしてしまおうとした。

 

全然点数が入らなくてがっかりした。シードルを普段の5倍の速さで飲み干して、タクシーの中で泣いた。423歳のわたしと会えたことがうれしくて泣いた。こういう気持ちに、ほんの一瞬で沸騰してしまったことが、悔しくて泣いた。一晩経ったら、あんな特別な、魔法を魔法と理解して泣きじゃくることのできた人間が、エストロゲンとセレトニンのことがわからなくても小石に乗ることの意味はわかる人間が、この狭い街の、狭い業界の暗い部屋の中で、3人もいたのだと思えば十分だと思った。

 

帰宅して水をたくさん飲んで、まさよのくれたギンビスを冷やして食べた。一回溶けたのか、海の生き物である以外なんの生き物かよくわからない、それを一気に4つも5つも咀嚼した。ミドリから、玲音のくれた紅茶、こんなおいしいものあるかってくらい美味しかったよと連絡が来て、わたしはこの人と、ずっと遠くにある喪失を糧に暮らしていくのだと思った。緑のパーカーを着たいつもすれ違う青年こそが、わたしにとっては。ここにいると今日までのすべてが昨日になる。一緒に住んだら手とか繋がなくなるかね、そしたら、さみしいかね。なんで、家の中でつなげばいいじゃん。そっか、たしかに。

 

シャッフル再生でコーネリアスが歌っている。あなたがいるなら このよは まだ ましだな

夜ごとにかわいい女の子の手首にモールス信号や星座や座標軸を描いてきた。誰よりも早く退店する、わたしのことを忘れないで。

 

 

ネズミの肘みたいな曇天だ。ネズミに、肘、あるか知りませんけど。

 

12月14日

 

喋るだけ喋った最後にコートを着ながら「あの、帰り際にこれが本題なんですけど、ちょ〜ふあん」と漏らすと、口角をニョッと吊り上げてから「だと思います、うん、そうだと思ってたし、そうだよねえ」と言われた。「ま、でも大丈夫なんですけどね」「うん、そう言うだろうとも思っていたよ」そう言われたかっただけなので、とりたてて改善案もないまま光原社のくるみクッキーをもらってほどよくご機嫌になって、帰宅。稲垣吾郎のTVにVTRで映っていたことと、住職にFacebookで美しい日本語で話す女性だった、と褒められていたことが発覚する。わたしの知らないところにわたしがいる。

 

別にいま飲まなくてもいいな、と思いながらチャイをいれて、ダークラムを垂らして飲んだ。ラムのゆっくり捻るような酔い方。あの時の気だるく張りつめた気分、脳みその浸透圧がぴりっと、して、あんまり快くはなかった。思い出せないこと、というのは正確には、ふいに思い出してしまうけれど輪郭が浮かんだ時点で煙を充満させてしまうようなあれこれの出来事なんだけど、そうやって煙の中に隠しているうちにこのごろほんとうに思い出せなくなってきた。わたしが気にかけていることをわたしよりも気にかける人はいないのだから、なんとなくたのしかったことや返さなければいけないご恩以外は忘れてしまってもいいなあ、と思う。

 

ミドリにラインすると、いまぼーっとラジオ聴いてるよ、と言うので、それはいい夜だね。と送った。いい夜。たしかにわたしはあなたよりも寒いところに住んでいるけれど、同じ夜を吸い込んで、同じ島に浮かんでいるので、平気。なんかそういう気分だな。温泉の神様みたいなひかりの反射を眺めてしまってから、たいへん穏やかな気持ちでいる。水の揺らぐ影がいちばん好きなひかりで、いちばん好きな影だよ。光は愛で愛は光で、それこそが本当のことだってnegiccoも言ってます。

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 ミドリがわたしのことを、かわいいねえ、というたびに、わたしのこころの中に飼っているくらげがポコポコ増えるし、うさぎが大きめに跳ねる。かわいいおばあちゃんになりたいな、25歳から性格は顔に出るらしいから、せめて笑っていたい、ふくふくとした、ご利益のありそうな顔に。

 

 

へこんでいるまみちゃんをここぞとばかりに励ます。お酒を飲みながら泣くと、頭蓋骨に熱が溜まるよねえ。大丈夫だよ。わたしもまみちゃんが机の上のラナンキュラスの写真送ってくれたから大丈夫になったし。しじみのお味噌汁飲むといいよ、ファミマのがおいしい。

 

のどかから届いた大きなクリスマスカードを部屋に飾った。絵や詩の中で永遠に降り続ける雪はあるのかな。人に見られていないときの絵や詩の中で、その雪は降り続けるのか、一時停止なのか。

 

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雪、すきだな。ゆるいホイップクリームっぽい。雪も、雪の降るここも、雪のあまり降らないそっちも、すきだな。それって全部じゃん。

12月6日

21:30に耐えきれず寝てしまい、3時に起きて、二度寝を繰り返しながらようやく5時には意識がしっかりしだして、うーとかあーとかいいながらぜんぜん終わらないタスクに着手する、日々。今年は頑なに定時上がりさせられているが、来年からはもっともっと遅い。夕飯も朝食もつくる余裕がないかもしれない。土日もあってないようなものかもしれない。いまみたいに仕事以外のことに2つも3つも終われたらたちまち破裂してしまいそうで、生活とか趣味ってそういうことなのか?ふーん、社会め…。そこはかとなく常時肩がこっていて、チョコラBB買って飲んでる。えー、なんかOLみたい。上司が俳句と短歌のこといろいろ聞いてくれる。いい職場だなあ、週に4回くらいそう思っていて、隣の席の上司に、いい職場ですよね、と言ったら、あなたが選んでくれたんでしょ、と言われた。そういうところだよ。

 

キタムラの深緑の傘がもうじき届く。オーダーメイドの濃紺の皮財布は来年まで待たなくちゃ。欲しいもの、たくさんある。欲しいものがたくさんあるのはいいことだと思う。手に入らなくても。

 

送られてきた仙台の初雪の写真を見ながら眠ったら、ペデストリアンデッキで眠る夢をみた。仙台はいいよね。お寿司屋さんたくさんあるし。こんなに狭い国なのに身体がひとつじゃ足りないや。

12月4日

それでもやるしかない。そうできる機会がわたしにはあるのだから。出会いの巡り合わせと好奇心だけでいろんなことを企むうちにこんなところまできてしまった。ここからは自分の力で唸りを上げなければいけない。わたしはもう、誰かを助けることができるくらい、すっかりお姉さんになってしまった。毎日、よくがんばっている。それはみんなそうなんだけど、だとしたらみんなに改めて言いたいようなきもちなのだ。よくがんばっている、よくやっている。それでもわたしが薄々感じている通り、このままでは立ちゆかなくなる日が来る。がんばり続ける人生の中で、ここ数年は、殊更。三つ子の魂百までなんだから21のあんたのその癖は700歳まで変わらんよ、と言ったことがあるけど、何を諦めていたんだろう。3000歳まで生きるのに。

 

 

おめでとう、おめでとう。自分のことのようにうれしい出来事が増えていく、それこそが大人になるってことなら、わたしは大人になってほんとうに良かった。叶わなかった夢が別の形で見事に叶う。いつも最優秀賞だけは取れなかったわたしは、コーチとして。演劇部に入りたかったわたしが、脚本として。弾けなかったと思っていたギター、練習すればいい。お花も習えばいいし、勉強不足なら本を読めばいい。何度でも叶えるチャンスがある。高校の時のわたしよりいまのわたしのほうがずっとまともで、賢くて、立派で、良いものを書く(と言い切ることに、どんな覚悟が必要なのか、わたしは知った)。砂時計やスノードームやアルコールランプを何個も割って、ようやく、ようやくここに立ている。

 

一面の生徒たちの笑顔と、ちぐはぐなピースサインを眺めている。こんな風に、わたしも誰かの目に映っていたのだ。映っていたこの人たちの前で、わたしは木曜、何を話せば良いのだろう。

 

.queのfloraを聞きながら乗ると銀河鉄道はあっという間に未来の乗り物みたい。いま、いまの今が常にちょっとずつ未来。将来は、と言いたくなるとき、いまは、に言い換えたい。

 

いまは、