1016

めくるめくスピードであまりにも予想外の方に進む人生ばかりやっているうちに、口癖は「ちょっと待って」と「うそでしょ」になってしまった。自らハンドルをぎゅんぎゅん言わせてコーヒーカップを回しながらそう思った。この人生を、選んだもののようにも、選ばれたもののようにも、ランダムに与えられているもののようにも思うけれど、どれにしたって誰に何を言われる必要もなくて、消費される必要もなくて、勝手にやるから勝手にさせてやる力が、わたしには必要で。

 

しょぼい遊園地は思ったよりも迫力のあるアトラクションばかりで、回されたり逆さまにされたりして、前髪をボサボサにして何歳も老けて出口から出たりした。こども向けの3Dシアターティラノサウルスに食べられてしまうところで終わる。あまりにすっきりしたバッドエンドにすっかり笑ってしまう。そうだよなあ。食べられたらおしまいだよなあ。物語に救済されようとしても、物語がハッピーエンドだとは限らない。けど。バッドエンドでもこんなに笑ってしまうんじゃ何にせよ、何にせよじゃんな。

 

巨大迷路のゴールは入り口のすぐ横だった。迷って迷って、あんなに歩いたり走ったり踊ったりしても、結局同じところに戻ってきてしまう。ここじゃ多分叶わない気がするんだって桜が咲く前に飛び出した場所で、愛している。

 

大丈夫だよって自分に何度も何度も何度も何度も何度も、何度も言っている。少なくとも去年の今頃からは想像もつかないくらいしっかりやっていて、朝食にはコーヒーで、コーヒーには砂糖を入れない。

 

 

 

 

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ティーカップは観覧車の上から見ると本物のティーカップみたいだった。

 

1010

「開けたら閉める!箪笥だけに限った話ではないですが」と母に叱られ、含蓄するところが大きすぎてうなだれた。開けっぱなしであり、わたしのキャパシティは自分が思っているよりもずいぶん随分ちいさい。随筆賞をとったときに送られてきた電報のいくつかのうち、一番大きな物は啄葉先生からの立派なプリザーブドフラワーのオルゴールだった。引き出しが付いていて、そこからアクセサリーを取り出して毎朝出勤しているのだけれど、その引き出しが、思いの外浅くてちいさい。指輪をよっつとネックレスをふたつ、そこにピアスをいつつ入れようとするものだから、丹精込めて並べようとあっという間にぐちゃぐちゃになって、盗賊が宝の山から鷲掴みして突っ込んだようになってしまう。盗賊のきもちで毎朝出勤する。肩に大きな緑色のオウムを乗せている。賢い猿のときもある。

 

SISTERJETのことをよく思い出す。文化祭の前夜祭を山本と抜け出してライブに行って、先生にもクラスメイトにもばればれだったけれど、あまりにチャラく容姿の整った山本と目つきの悪いわたしが出来ていると疑った人は誰ひとりいなかった。と、口を尖らせたら「おれらは違う生き物に見えんだろーよ、届くか?」と山本はchangeの黒い天井を撫でた。山本の身長は183㎝だった。

 

あの日、いつも通りぼーっと、にこにこと、サカベは脱退した。泣きながら書いてきた手紙を渡し、Tシャツにサインしてください、とお願いしたら「ワタルのサインが欲しいでしょ、おれのサインだけだと今後着にくくなっちゃうし」と言って裏へいき、ワタルとアオキのサインももらってきてくれた。でもかなしかった。わたしはサカベが好きだったから。SISTERJETの曲をやるサカベが好きだったから。

 

アンコールにワタルは「17歳の人いますか?」と聞き、山本とわたしだけが手を挙げた。「じゃー、君たちのために」と17をやってくれた。イントロを聴きながら、SISTERJETもわたしの青春も終わったなーと思った。思ったらぼろぼろ泣いていた。出待ちしてドラムセット運ぶの少し手伝ったりしたことをなぜか強く思い出したりした。一生忘れないんだろうなと思って、とりあえず今のところはこんなふうに5年間ずっと覚えている。

 

ロンリープラネットボーイを久々に聴いた。田んぼの中のまっすぐな道をとにかくまっすぐに駆け抜けるしかなかった日々のことを思い出す。カーディガンの袖を指の第二関節まで伸ばして、あれは10月だった。強気で強かった。

 

 

 

どうとでも曲がれる通勤路なのに、まっすぐ歩いてしまう。仕方のないことなんだよ。

 

 

 

 

1003

 

ミドリのこと好きだなと思ってにんまりしていたら財布忘れて改札通れなかった。玲音ちゃんはコミカルだね、と言われたことがある。コミカルな毎日だと思う。駅員がわたしのうろたえ方を見てほんとうに財布を忘れてきたのだと認めてくれる。ユミさんから1000円借りる。

 

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へいっちゃらじゃないことは自分しかどうにもできない自分のこと。雨。抱きつきたくなるような雨だなあ。いつだってなんだって抱きつきたい理由にしようとしている。

 

みんなどうやってどんぐりを拾いたい気持ちを抑えて成長したんだろう。わたしは不幸にも、よろこんでどんぐりを拾わせてくれる人たちとしか出会わなかったからわかんない。どうして道端に屈まずにやりすごせるのだろう。江國香織は下駄箱がずらりと並んだ学校がおそろしくて嫌いだった、と言っていたけれど、わたしは大好きだった、その時点でもうわたしは無理なのかもな、とか。

 

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光原社のこっくりとしたガラスの反射をずっと思い出す。その日が来たらちいさな盃をふたつ買って、童話のような、神話のような暮らしをするんだ。

 

毎日たのしい。

 

 

 

 

 

0924

なるべく穏やかにすごしたい。ほんとうにそう思っている。ここ1年半怒涛だったと思う。みっつのお葬式とよっつの失恋とふたつの事故でよろめいて、ひとつの運命とひとつの宿命と静かな小川のおかげでいまはどうにか微笑んでいられる。いくつかの絶交もあったけれど、そこに執着しないうちにつぎの出会いも生まれた。救ってくれると思っていた人に甘えすぎて呆れられ、救われると思っていなかった人に受け止められた。巨大な砂の層の中に埋もれたわたしが強い風で暴かれていく。本物だけが最後に残る。ううん、本物にしたいものだけはどうにか抱えて最後まで残そうとした。

 

砂嵐のような3ヶ月を経て、その怒涛の渦の中にいたときのことをうまく思い出せない。なるべく穏やかにすごしたい。何がいつ奪われてもおかしくないのか、生活がどれだけ揺らぎやすいものなのか。どうしようもなかったときの残りわずかの香水の瓶のような落ち着かなさ、そのときのプレイリスト聞いて思い出してしまった。

 

知ってると思うけどこの世界にはたくさんの、目次を眺めるにも途方にくれるほどほんとうにたくさんのものがあって、だから聴きたくなくなってしまった曲を聴けるようになるようにする必要なんか、もう無いのだ。新しい歌をたくさん聞けばいい。

 

 

何があったのと問われてとても簡潔に答えられるようになってきた。「よっぽど暇だったんだね」と言われてしまうと思った。「そうだったんだと思う」と答えるつもりだった。ユキはわたしとしばらく会わない間に母を亡くし、はなれた駐屯地にいる父を応援しながら6つ下の弟を高校へ送迎し、その夕飯の長ねぎを抱えているところでわたしとすれ違った。ユキは痩せて、とても美人になっていた。

 

「まんつ、げんきでやってこうね」

 

と言われた。ほとんど何にも聞かれなかった。先回りしていろんな言葉を用意していたので、拍子抜けしてしまう。でも、それでいいと思った。みんなにはみんなの苦労があって、やっていくしかない。責任取れないんだから干渉することもない。適当に野菜炒めするかな、というユキがとてもかっこよかった。

 

沈黙の中でやりとげたことこそが、ほんとうに困った時に静かに力強く光ってこの身を救ってくれるのかもしれない。

 

たくさんツイッターをしてどんよりした。反動のように来週からの退勤後のお茶の予定をふたつ入れて眠る。自分が死んでも残る言葉は結局、だれかと会話したものだけではないでしょうか、どうでしょうか、青葉くん。

 

0922

 

雷ちゃんが昨日誕生日だったと言うのでいそいで約束を取り付けた。川沿いのベンチでコンビニのおでんを食べよう、と約束したものの、誕生日だぞ…と思い、100均でしょうもないきんきらのハッピーバースデープレートと、浮かれた眼鏡と、数字のろうそくを買って、ケーキを買いに行こうと決めた。10億円!と書かれた宝くじ屋の旗の前で待った。

 

紫芋のモンブランと天使の羽がくっついたようなバニラのドーム型のケーキを買って、パリャーソへ行った。夜に行くのははじめて。おとうさんがにこにこ出迎えてくれる。貸切状態だ。まどろっこしいくらい丁寧な説明を聞いてから食べるチーズのなんと濃い匂い。舌先がうらがえりそうになる。白ワインをふくむと口蓋がひろがる。お互いの愛の話をしていたら、窓の外で鳥居をくぐる猫を見つけて、雷ちゃんが「あっ!」と指さす。しっぽ太いねえ。

 

パスタの牡丹海老はほろほろと崩れ、つるむらさきの茎がほろ苦く、ワインとよく合った。ゆ〜っくり一杯飲んだだけで、心地よく酔っ払った。

 

ケーキは外で石階段に座って食べるつもりだった。川沿いを歩いているとふかくさのランタンが灯っていて、ピアノの音が聞こえてきたから思わずふたりで立ち止まる。おじいさんがすごく綺麗な手つきでピアノを弾いていて、その後ろで別のおじいさんがにこにこしながら、次、パヴァーヌな、とか言っている。ジブリみたい。目の前の作り物みたいな光景に思わず笑ってしまう。しばし眺めているうちに、店内の全員が、入って聴いていきな!と手招きしだす。マダムに「あの、この子誕生日なのでケーキ食べたくて」と言うと、「もちろん!食べていいよ!コーヒーか紅茶を出すわ、あ、ねえ、誕生日ですって!ハッピーバースデー弾きましょう!」あれよあれよと小皿とフォークが出てきて、ろうそくに火をつける。お店にいた人みんなが立ち上がり、出窓からはテラス席のお客さんが身を乗り出してこちらを覗き、マダムの指揮でおじいさんがハッピーバースデーを弾く。ひゅー!おめでとう!ワインやビールを差し出されるたび、わたしたちはお冷やを合わせた。夢みたい、と雷ちゃんが涙目になる。そうだね、こんな、こんな。ろうそくの火が消えると、川沿いの、蔦にまみれたちいさな喫茶店で、それぞればらばらの大人たちが大きくてふわふわの犬を撫でたり、ウィーンの旅行雑誌を眺めたり、上弦の月の話をしていたりする。「お姉さんたち、盛岡っていいとこだろ?」頰をあかくしたおじいさんが笑う。ちょうど、わたしたちもそう思ったところです。ピアノがお兄さんにバトンタッチされると、お兄さんは冬のソナタを弾いて笑いを取ったあと、スピッツ空も飛べるはずを弾いた。みんなで歌う。よく知らなくて歌えない人はみんな指揮をしている。めちゃくちゃだ。川に夜の街の光が映る。柳がやさしく揺れる。「いい夜だねえ」と誰かが言い出すと、空いたグラスにワインが注がれる。

 

ここに集う人たちは趣味も職業も年齢もその日によっていろいろで、けれどその日その日でみんなこうして仲良くなってしまうのだという。viviと呼ばれているママ、どらちゃんと呼ばれるやさしい顔のお兄さん、天文が趣味のおじいさんと画家のアサさんと野鳥が好きなおじいさんとピアノ弾きのおじいさん。たまたま学会で盛岡に来ていたという韓国人のお兄さんの名前がサンさんで、雨のわたしと雷ちゃんは目を丸くする。「わたし、レインです!」「わたしは雷!」「僕はサンです、でも今夜はこんなに天気がいいから、僕の勝ちですね」みんなで笑う。きみたちはどういう友達なの?と聞かれ「わたしは雷ちゃんって名前を聞いたときに、これはもう運命だと思ったんですよ」「わたしはもともと彼女のファンで、彼女の本を買いに書店に行ったら本人がいたんです、それで」思わずふたりであわてて話し出すと、みんなが「なんて素敵な友情なんだ!」「どうしてこうもおもしろいひとばかり集めるのかしらねえここは」「ようこそ!夜のふかくさへ」と笑う。ドッグくん、と呼ばれている大きな犬が、雷ちゃんのことを賢そうな瞳で見つめたあと、ゆっくり、ゆっくり、手の甲を舐めた。

 

促されて雷ちゃんがピアノの椅子に腰掛ける。と、風が吹いて、さっきまで笑顔でふにゃふにゃしていた目に静かな火が燃えた。瞬間、つよく、繊細に、力強く、たー!っと、雷ちゃんがピアノを弾いた。思わず全員が息を飲んでしまう。全然弾けない、って言ってたくせに…。すこやかで伸びやかで、聡明だった。指がはやくてよく見えない、ただ、その横顔は本当に美しく、ピアノには魂が宿ったように見えた。みんなが見ほれはじめたそのとき、あっ!短く叫んで雷ちゃんが手を止める。「まちがっちゃった!」みんながワッ、と笑う。かわいい。

 

天文好きのおじいさんが、来月に川の麓で月を見る会があるから是非おいで、と誘ってくれる。「レイン!次はきみの誕生日をみんなで祝おう!」「ぜったい約束ですよ!」またおいで、またおいで、とみんなに手を振られてお店を後にしながら、ふたり同時にため息をついてしまう。なんだったんだろ、この夜。「レインちゃんと一緒にいると映画みたいな事ばかり起きるね」と雷ちゃんはそう言って、さっき弾いた曲が〈ギロックのこどものためのアルバムより、雨の日の噴水〉だと教えてくれる。雨の日の噴水。わたしはほんとうに、どうしてこういう素敵な人ばかりに恵まれてしまうんだろう。

 

帰宅してから、白ワインの乱反射する光が雷の色だと思ったことを言い忘れたことに気がついて、でも、また会えるしいっか。奇跡みたいな夜が、わたしたちには何度でも訪れる。

 

0920

 

 

わたしのこと思い出してね、といくつもの別れ際にそう言った。別れ際にドアまで見送られるのがとても苦手で、信号や分かれ道で、また明日もどうせ会えるみたいなかんじで手を振りたいけど、どうしてもそうってわけにはいかないから、わたしのほうが最後まで送っていく。かっこよく立ち去りたい、なんてことない顔をしたい。そうでなければ泣いてしまうから。ほんとうの意味で何を失ったことも、何に傷つけられたことも、離れてしまったこともないのに。ほんとうの意味ってなんだよ。ふざけんな。

 

もう無敵ではない。のに、無敵でないことがわかっていてそれでもなおみなぎるこの明るさや自信が、かつてのそれよりも信頼の置けるものだと疑わない自分を疑いたい。待ち合わせるときは雨が降っていたのに、台風はそそくさとどっかに行ってしまって、めそめそ帰路についた途端また雨が降ってきて、今回はさすがに上出来すぎる。わたしはなんにもしてないのに舞台がみるみる整ってしまう。思い出してね、じゃなくて、忘れないでね、と言う。思い出しているだろうから。その自信があるから。目を閉じると日々は万華鏡のように鮮やかに散らばってゆっくり回る。二度と同じ形にはならないから、だからあわてて書きとめる。仕掛け絵本の伸びる首、ピアノの黒に映る木々、グラスの底の葡萄、単線、眼鏡の曇り止め、強風に立つ警備員、どんぐりの帽子、380円のトマト、楽天イーグルスの6色ボールペン、ださい決めポーズ、どうぶつにはフラッシュを焚かないで、チョキをすると空間のかたちがかわります、こっそり小窓を覗いたチャペル、うさぎのものまね、気休めに爪でつけるばってん、にせもののかぼちゃ、鮭のしぼり汁ってなんなの、木苺のコンフィチュール、回文の里、バスで乗り合わせた長い三つ編みのおばさん、名湯だから黙るね、行き来する500円玉、ちいさな石臼、フランケンシュタイン、中庭に咲く水引、投げられたように飛ぶ大きな虫、虹をみっつも見たそのうちひとつはとても低いところに、だからナビを間違ったってことにしておいてよ、隣のおじさん星の王子さま読んでた、perfumeみたいな展示、拳より大きなマシュマロ、引いたときに鳴ってしまう鐘、屋根裏部屋の窓、うそみたいに飛んで行った二枚のチケット、空き地になった神社、612、おばさんに引き止められてのぼせたこと、隣のカップルの喧嘩、目の前で売り切れたショートケーキ、冷蔵庫の水深、1分前からタイムリープしてる、無人駅の公衆電話、ピアノアレンジのサザン、赤すぎる耳、ロッカーの番号、わかってる、ぜんぶわかってる。なにを言われてしまうか、なにを言われてしまうおそれがあるか、なにを言われてしまうおそれがあるかわかっていても言う必要があることを。わかってるよ。わかってないかもしれないこともひっくるめて。

 

 

 

瞳のなかに吹く風がある。とてつもなく強い風だと、いまあなたが何を考えているのかなんにもわからなくなってしまう。テレビの砂嵐をずっと見ていたら狂っちゃうじゃん、それと似てて。居てもたってもいられなくなる。仕方なく自分をみつめて空回りするチョロQみたいにおなじところを走ってしまう。

 

 

 

こわくないわけがない。でも、わたしの恐怖はちっとも長続きしない。

 

 

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銀河鉄道はちゃんと地面を走って遠ざかる。

 

 

秋に攫われないで。

 

 

 

どこ

 

 

怒子、というハンドルネームで共同サイトをやっていたことがある。

 

16歳か17歳の時なので、6年ほど前のことか。そこには他に喜子と哀子と楽子がいた。文芸部仲間4人で、わたしたちは架空の姉妹を演じていた。喜は黄色、哀は青、楽は緑の、それぞれのプロフィールページがあった。わたしのプロフィールは赤い背景で、口の端を小指でひっかけて引き伸ばして、だるそうに威嚇したような写真だった。イーッ。Nenetのにゃーのシャツを着ていて、zoffのアラレちゃんみたいな眼鏡をかけていた。

 

更新頻度はそんなに多くなかったと思う。勢いで声をかけて組んだものの、そもそもあんまり仲の良くない4人だった。そのうちふたりは高校も違ったので、どうにも仲良くなりようがなかったというのが正しい。コンセプトもろくにないまま、5ヶ月くらいかけてリアルタイムが18投稿くらい更新された。4人で遊んだのは一度きりで、盛岡でemotionalと落書きをしたプリクラを撮って、大して話も盛り上がらず、生パスタを食べて、また会おうね!とついに誰ひとり言わずに、遠くから来たふたりを駅で見送った。

 

喜子とはいまでも仲良くしているけれど、お互いが架空の姉妹で長女と次女だったことには触れない。触れたら触れたで、そんなこともあったねえ、なんて笑えると思うけど。そうならないだけで。

 

 

怒子のことをこうして思い出すときは、大概、何かに対する怒りが持続しなかったときだ。「怒るのは体力がいるから、若いうちにたくさん怒っておきな」と6つ上の知人に言われたことがある。「でも、怒りには、怒り続けなければならない責任があるよ」とも。そのことをよく考える。怒子だったらもっと怒り狂っていただろうな、と思う。怒子に大人のお手本を見せているようなきもちと、怒子にわたしの代わりに怒ってほしいようなきもちが両方ある。

 

 

サイトは、怒子と哀子が大喧嘩したのがとどめになって閉鎖された。どっちみち更新されていなかったから、悲しむ人もあんまりいなかった。閉鎖してから1年ほど、楽子は怒子ととても親しくなってふたりで遊ぶほどになるが、「仲良くすればするほど好きだけど大嫌い」と言って、突然怒子は絶交を言い渡される。「あんたがわたしの何に悔しいのか、羨ましいのか知らないけど、わたしはあなたに何も悪いことしてないよ。好きにすれば」と言い捨てた怒子は、そのあとくよくよと悩む。「仲良くするほど好きだけど大嫌い」という言葉の意味を、ずっとずっと考え続けて、ずっとずっと悩み続けて、ずっと。怒子はそのことを怒っている。

 

 

なんだったんだろう。なんだったんだろう、と言いながら過去になりきることのできないいくつかのトラウマを踏んでまた転ぶ。悪意のことを剣や針にたとえるのは余りにかっこよすぎてだめだよ。悪意は蜘蛛の巣みたいにもわっと顔を覆って、拭っても拭ってもくっついているような気がする。

 

人生には三大前提があって

①過去は変えられない

②他人は変えられない

③できることしかできない

だって。大学で習ったことでいちばん有益だったかもしれないな。

 

 

 

小指を口の端にかけて、やめる。なるべく苦しい日々を送ってほしいと願ってしまう人間くらい、わたしにもいるけど。イーッ、て怒るのは許しているときだけ。

 

 

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怒子、わからないね。わたしもまだわからないよ。