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師匠カムヒア/雑記

夏は海に行こう

 

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「海に行きませんか」と後輩から誘われて、レンタカーを借りて海へ行った。わたしが運転してあげる!と息巻いていたのに、結局土地勘のある友人が最後まで運転してくれた。

 

どことなく、行き詰まったメンバーだった。少なくとも5人中3人の鬱憤をわたしは知っていた。「つらくなって海行くなんて、海に失礼かな」と笑うと、後部座席から「どんどん追い込んで行こうぜ、感情」と煽られる。海の似合わない5人で、光る腕輪を全色買った。100均には夏が浮かれていて、わたしたちにぴったりだった。青空ではなかったけれど、楽園ベイベーを聴いていればどこでも常夏になる。

 

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今年からようやくフルオープンになった海水浴場には、思ったよりもたくさんの人がいた。水着になってもお互いにまったくときめかなくて、さっさとサングラスをかけた。おしゃれなお姉さん4人組に、写真撮りますか?と言われ、お互いを撮り合った。ZOZOTOWNって感じのお姉さんたちだった、でも、きっと同い年か、下手したら年下なんだろうと思う。

 

 

小雨が降っていて、海は冷たかった。

くるぶしくらいまで浸かって満足する。

地球の模様のビーチボールでバレーをしながら、おれの地球が、いけ!地球!などというのを聞きつつ写真を撮った。ヨガをしている人たちの横でスイカを割った。流木で割ったスイカはものすごく甘かった。雨に濡れながら足を洗って、やたらくたくたになって笑った。

 

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どうしても晴れた海が見たかった。早起きしてまた海へ行った。

 

木材で出来た柵のようなものが防波堤のずっと手前から続いていて不思議に思っていると、ここらへん全部街だったんだよ、と言われた。だめになっちゃったとこ全部更地にして、公園にしちゃうらしい、全部だよ?全部、どんだけ広いんだよ、と運転席の友人は笑う。「犬が喜んで走るから良いと思う」と答えて、一面の芝になってしまった街の家をひとつひとつ建ちあげながら眺めた。飲み込まれた街にもこんなに鮮やかに夏が来ることが残酷だと思った。残酷なのに美しくて、どうしようもないきもちになる。もう6年だけど、まだ6年で、それでもそこに暮らす人たちは7年前みたいに過ごしている。

 

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防波堤はゆるやかにカーブを描いて大きくて、走り出したくなったので走った。こういうことをするといつもは「まーた、あんたは」と言う友人が「いっといで」と言う。途中で帽子が飛ばされそうになって、思い切って脱いで走った。どれくらい遠くまで来たのか不安になって振り返ると、友人はさっきの場所でずっと立っていた。風が吹いて、自分のボサボサの髪が視界に入る。何度も黒染めをしたのに、かつて金髪にしたときの髪の傷みのせいで、太陽の下だと髪が赤い。みっともない、と思って、すこしうれしかった。

 

 

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8時なのにペンキみたいにべったり暑い。コンクリートブロックに大きな波がぶつかって、東映みたいだったから、東映。と言った。

 

浜辺から去る時、友人は砂浜に半分埋まっていたコインを拾った。何かにいたく感動したような表情で5秒眺めたくせに、あーあ、と言ってあっけなく捨てた。ドライアイスを貰う時のような、安っぽい銀色のコインだった。船が描いてあった。でも要らないから、捨ててよかったと思う。

 

仙台まで送ってもらいながら、短歌を作った。今年は海水が一滴も口に入らなかったことに気がついて短く叫ぶ。あの、ぎょっとするほど塩からい思いをしたかった。その水に浮かんでいる島だと実感したかった。海、なめるの忘れてた…と言うと、運転手は「まーた、あんたは」と呆れた。セブンイレブンで買ったツナマヨのおにぎりがきんきんに冷えていて、何故かとてつもなく美味しかった。

 

 

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 海から帰って来ても海面の光がずっと乱反射している。波のはじっこの白い泡が気まぐれに打ち寄せる。夏は何度でも来る。仙台は行こうと思えば30分で海に行けるから良いね。

 

 

 

 

 

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おとし穴と書かれていたのに全然落ちなくてちょっとつまんなかった。

 

アカシアの天ぷら

 

 

9年前から母と共に俳句をやっている。風は風でもいまの風に名前があること、花の名前をちょっとずつ覚えることがたのしく、季寄せを捲りながら外をゆっくり歩く時、すこし魔女のようだと思う。

 

先日句会で「アカシア食べたことある?」と俳句の友達(といっても母と同い年である)に言われ、思わず、マジですか、と後ろに下がった。秋田ではよく天ぷらにして食べるのだという。わたしが暮らしているのは隣の岩手だが、はじめて聞いた。なんでも、甘くてぽろぽろで、やみつきになるのだとか。

 

食べようじゃないの、アカシア。アカシアは木になる花でいちばん好きだ。

 

 

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アカシア、と言いましたが、一般的にそのへんに咲いているアカシアの名前は正しくはニセアカシアで、和名は針槐(はりえんじゅ)という。ちなみに、初夏の季語。

 

わたしの最寄駅には大きなニセアカシアの木がある。毎年衣替えで学生たちが一斉に白シャツになるころ、祝福のように咲き乱れる。とても甘い香りがしてくらくらする。においのつよさは金木犀に似ているかもしれない。ニセアカシアのそばを通ると、においが動いて、風の動きがわかる。

 

 

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ちょっといただいてきた。鋏を用意していなかったので親指の爪でつよく摘んで取った。わたしの住んでいるところは驚くほど田舎なので心配ありませんが、いちおう、きれいな空気のところに咲いているきれいな花を選ぶといいかも知れない。

 

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こんなに近くでニセアカシアの花を見たことはなかったけれど、ふっくらしていてやさしい花だね。

 

揚げていきます。天ぷら粉は市販のものがいちばんおいしくかんたんに揚がると思っている。衣は薄めにこしらえた。

 

 

よっ。

 

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なんだこの背徳感は。バグっているかんじがする。房のまま揚げるので持ち手の部分をすこし意識して摘み取るのがいいのかもしれない。

 

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180度の油に入れると、一瞬にして花のひとつひとつがふたたびばらばらになる。 おお。感動して母と眺める。咲いてる。咲いてるね。

 

火をよく通すべきものでもないと思うので、衣がからっとしたところで掬う。

 

 

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お皿が文字通り華やぐ。かるく塩をふり、熱いうちにいただきます。茎は硬いので、房のまま口へ運び、しごくように茎を出すのがいいらしい。

 

これが、甘くて軽くて不思議においしい。

いまの、何だったのだろう、と思いまた一口食べる。かり、くしゃ、しゅわ、となくなってしまう。味はたとえるならば旬のとうもろこしに似ている。みずみずしく甘いのだ。ニセアカシアの香りがあとからふんわり鼻に抜ける。アカシアには蜂蜜もあるが、蜂が蜜を吸いたいきもちがよくわかる。こんなに不思議においしい食べ物を知らなかったなんて。

 

 

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暮らしの中で花と親しくすることに憧れがあるけれど、白状すると、すみれの花の砂糖漬けやエディブルフラワーのサラダなどをこころのどこかで、けっ、と思っていた。わたしの身の丈には合っていないような気がしたし、まずもって、うまいのか?という疑わしさがあった。花を食べることで実生活がわたしから浮いていってしまうような、そういう怖さがあり、食わず嫌いをしていたのだ。

 

でも、よく考えると菊もいちじくも花だ。アカシアの天ぷらだって一部の地域ではおじいちゃんおばあちゃんがよろこんで食べている。そう考えるとこの食わず嫌いはとてもみみっちい気がする。花、食べてこ。

 

花の天ぷらは藤の花でもできるらしい。

これからは風に揺れる花を見るたび、季語、と思うより先に、おいしそう、と思うのかもしれない。

 

 

#死なない杯 に参加してみようかな

 

 

 

たらこがおいしかったことだけ鮮明に覚えている

 

3月11日。わたしが黙っていてもいろんなひとが黙っていない。よいしょよいしょと特集が組まれるのをぼーっと眺めてしまう。なんだか毎年、3月11日、と思うだけで前日からきもちがはかはかして落ち着かない。かといって何をするでもないんだけど。

 

 

車門という盛岡の喫茶店に知人を案内し、コーヒーといちごのパフェを頼んだ。13時すぎ。まだ肌寒い外から逃げ込むようにお客さんは途絶えず、店内はちょうどよく混んでいた。あと1時間半くらい。そわそわしてしまう。「黙とうしたいんですけど」と言い出したら気まずくなるだろうか。

 

 

 

あの日は――あの日を指すのに”あの日”となるべく言いたくないのにうまくいかない――冬期講習がちょうど休みだった。一人で実家のリビングにいてテレビを見ていた。そろそろ夕飯の支度をするか、と考えていたころ、地鳴りがした。ミシミシ聞こえた。真っ先に飼い犬のミルクがぶるぶる震えてわたしの足元にすり寄ってきたのを「ん~、どうしたのミル」と抱きかかえようとした瞬間、歪んだ。家が丸ごと揺れてたわみ、外壁もろとも左右に平行四辺形になっているような感覚があった。「やば」「うそ」「なになに」と大きな独り言を声に出して、食器棚をすべて閉じ直し、立てて飾ってあった大皿を横たえ、薄型テレビを支えた。携帯電話から聞いたことのない音がする。二階の本棚が倒れた音がする。めったに鳴かない犬が吐息ともつかない弱い声でひゅんひゅん鳴き続けている。これ、やばくない?こういう時どうすんだっけ、ガス…はうちIHだから大丈夫。戸をあけとくんだっけ。あ、まってまってこれやばい、それどころじゃないな。身の安全…。声に出しながら机の下にもぐると身をかがめるわたしの腹部に犬が潜り込んできた。「よしよし、大丈夫よ、大丈夫」犬に話しかけながら、自分が混乱していることを自覚していた。ちょっと興奮していた。なぞの正義感みたいなものがこみ上げてきた。

 

mixiで流れてくる大量の情報、ガソリンスタンドに並ぶ不機嫌な大人たち、お一人様おひとつを守らないおばさんの目つき、ラジオのアナウンサーの「落ち着いてください!」という荒い声、ふとい蝋燭、放射能が漏れたからイソジンを飲めというデマ、大船渡のコザは死んだんじゃないか、電話の回線を不用意に使うな、自家発電がある家はいいよなあ、自転車で勤務先まで行く母、ご近所さんのおかげで無事に迎えに行くことのできた弟のことを抱きしめそうになる、こんな時に電気使ってヘアアイロンで髪巻いてんじゃねえよ、しばらく冬期講習ないらしいです、2-4の連絡先わかんない大久保と大谷のメアド知ってる人回してください、てんちむピースした写真ブログにあげたらしいよ、死体が打ちあがってる写真見ちゃった眠れない、レトルトの雑炊とか買っておけばよかった、水出る?雪とかそうか?バーカそこまでサバイバルしなくていいよ。

 

いま思い出せることは断片的にはたくさんあるけれど、時系列ではうまく思い出せない。実際電気が止まっていたのは何日だったのか、すべての電源が止まった状態で排せつや入浴をどうしていたのか、ラジオを流しながら家族で寄り添って眠った記憶はあるのに昼間どうしていたのか思い出せない。

 

初めて電源のついたテレビで一番最初に見たのは黒い波に飲み込まれる街の映像だった。うそ、って言って、冗談でしょっておもって変に微笑んでしまった。遺体を車から降ろすのを手伝った、と言って沿岸から帰ってきた父が嗚咽を漏らして泣いた。生ものだからどうせだめになるから、いいから、と魚屋がたらこを割引で売ってくれた上に銀シャリもパックに入れて持たせてくれた。そのごはんがあったかくて、たらこがおいしくて、どうなっちゃってんのか意味わかんなくて、むかついて、絶望して、わんわん泣いた。怖かった。何に怖がっているかわからないことが怖かった。

 

2か月後にボランティアで見た大船渡は戦場のようだった。ものすごい異臭がした。息を吸うのも恐しくなって細く吐いてばかりいた。壊れた家の壁には威勢よく「OK」と太いスプレーで赤く書かれていて、それは「取り壊しOK」という意味だった。川は砂浜になり、町も砂浜になり、泥にまみれて写真やままごとの道具が出てきた。よく言えたもんだと思った、がんばれなんて。

 

何も言いたくないし何も聞きたくないと思った。全部偽善だし、全部偽善だと思ってしまう自分が嫌だった。あのにおいを嗅いでいない人間が何を言っても信じられないと思ったし、あの黒い波を直接見ていないわたしは何も言えないと思った。

 

コザは死んでいなかった。前に住んでいた家も公園も無事だった。何も失っていないのに、どうしてこんなに違和感があるんだろう。ずっと。

もう6年経ったんだ。

 

 

 

 

 

 

市内では黙とうのサイレンくらい鳴るだろうと思っていたのに鳴らなかった。わたしが「あの」と言うと彼は時計を見て、「しましょう」と目を閉じた。わたしは目を閉じながら去年の黙とうを思い出していた。黙とう中、あまりにも静かなので怖くなって薄眼を開けた。仙台の百貨店で、空っぽのエスカレーターだけが動いていて、お客さんも売り子もみな立ち止まっていた。あの時が止まったみたいな瞬間がずっと忘れられない。

 

 

目を開けると向かいに座る彼はまだ黙祷していた。人が祈る顔はきれいだと思った。

店を出ると雪がちらついていた。毎年あの時と同じような雪が降るわね、とすれ違ったしらないおばさんは言った。パレードのような音楽が聞こえてくる。追悼のセレモニーらしいけれど、屋台も出ていてまるでお祭りだった。

 

 

 たらこがおいしかったことだけやたら鮮明に覚えていて、だから、今になってもわたしはたらこご飯をあんまり食べられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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東北大短歌で取材を受けた震災詠関連の原稿が今月末くらいに発表になると思うので、一生懸命がんばったので是非読んでほしいです。

 

 

 

おめはんど顔ッコ上げてくなんしぇとアカシアの花天より降りけり(2011)

 

雪の上に雪がまた降る 東北といふ一枚のおほきな葉書(2015)

 

詩の避雷針

詩はちいさなかみなりだと仮定したときに。もちろん日々の中に静電気みたいに宿っていて、ふと触れ合ったときにパチッとなることもある。でも時折、まさに、いま落ちてくれって思う出来事がライフイベントとして起こったり、自らそれを選択する日があるような気がする。いつ落ちてもいいように針を伸ばしておく。ここに。