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師匠カムヒア/雑記

きぼう

きぼうを見よう!というサイトをたまたま見つけた。なんだそのパワーワードは、と思って、開く。

 

宇宙ステーションってきぼうって名前だったのか。夏の数日、決まった時間に頭上を1〜10分かけて通過する。地域によって見えはじめる時間が違って、チャンスは全部で10回くらいある。UFOのようにみえるらしい。ほんとかいな。

 

きぼうが見たい。声にすると、なんかあまりにも。あまりにもじゃない?

 

あれから慢性的に落ち込んでいる。あれから、っていうのは任意の過去である。とどめを刺されたと思ったのに目が覚めて、死んでいなくて、強くてちょっと恥ずかしい、ってかんじ。理由はもっともらしく論えばいくらでもあるけれど、でも、もっとつらい人いるし、まあ、概ねわたしのせいか。って感じで完結してしまう。

決定的に何かに敗れたわけでもない、けれども確かに敗れた、あるいは敗れたことを認めようとしている似た者同士のふたりで、きぼうを見ようと約束して毎晩電話した。観測時間の10分前にどちらかが「きぼう!」と連絡するのだった。きぼう!

 

 

 

連日の雨で雲が分厚くて、結局何にも見えなかった。

 

 

きぼう、見えなかったね。何度でもチャンスがあるはずなのに、一瞬だし、ふたりで見ても掴めないね。見たかったな、きぼう。また見えるよ。せっかく外出たのにこれじゃあ電話かけるために外出た人になっちゃうじゃん。それじゃだめ? だめだけど、まあ、仕方ないか。

 

しばらく夜の散歩をした。何が見える? 川、氾濫してる。そっちは? 車、シティーボーイだから。アーバンガールだけど、こっちは蛙が鳴いてる、聴こえる? サイゼリヤないんだもんね。うるさいよ。

ひまわりが怖いんだけどさあ。あ、なんとなくわかるよ。絶対あれ、人を喰ってるじゃん。あはは。枯れたひまわりとか、あれ超こええよ。今度ひまわり畑行こうか。勘弁してよ。

 

何してんだろうねわたしたちは。きぼう見ようとしてんだよ。そっか、そうだった。

 

 

 

きぼうがまだどうしても見たいような、きぼうなんて見られなくて元々で、もうどうでもいいような気がして、でも、今日は晴れてる。今夜が最後のチャンスかもしれない。

 

きぼうを見るのは今夜が最後のチャンスかもしれない。そんなことばっかり言ってさ。だめかな。愛想つかさないでいてくれる?手に入れることができなくて落ち込むのは、手に入れたものを失って落ち込むよりずっといい。だから人は向上心とか夢とかそういう胡散臭いものを持ってないと狂っちゃうのかもね。静かに狂うか情熱的にまともでいたいなって、あほみたいに雲ひとつない空見ながら思いました。そういうこと言えるようになったのは、ほんとうにいい事なんだよ。

 

見えるかな、きぼう。ほんとうに見えたら泣いちゃうかもしれない。