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師匠カムヒア/雑記

あたらしいソファ

 

 

いつからだろう。普通に生活しているだけで「物語だなあ」と思うようになったのは。

 

「何を見ても何かを思い出す」というヘミングウェイの短編のことを、芥川賞を取った時のインタビューで沼田真佑が話していた。「何を見ても何かを思い出す」。すっかりわかる。帰りに本屋で買って帰ろうかな。

 

誰に話しても美化だと思われてしまいそうなことばかり起きる人生だと思う。あきれるほど。
両手に砂金が絶え間なく降り続けるような日々を、どうしてみんなそんなに正気で過ごしていられるんだろう。思い出して聞かせたい話がたくさんあって、そのつどこの半年がアコーディオンのように音を立てて伸びたり縮んだりする。なんだったんだろう、あれは。言ってやりたいことがあるやつは大勢いるけど、わたしと直接会おうともしないやつに手を差し伸べるの、もうやめた。勝手にしあわせになってください。全員。

 

 

昨日のことをどんなふうに思い出していいかわからなくて、一生を振り返ったような長い長い日記を書いていたのを、いま、すべて消しました。何度でも同じように話せるようなことを、べつにいま話さなくたっていい。

 

セーブポイント、あるいはチャプターのような機能がたぶん脳みそにはあって、走馬燈?そういうことにしても構わないけど、間違いなくそのひとつになるような夜の光だった。2017年7月26日、20時04分。


開運橋の花火が終わると、立ち止まっていた人たちはミュージカルの歌のシーンが終わった後みたいにちりぢりになってしまった。「きぼう」を見るにはこれが最後のチャンスかもしれないことを、誰も知らないんだね。ホテルの光が真っ黒い北上川に薄く七色に反射していて、大きなシャボン玉みたいだと思う。


電話しているのに、お互いに黙る。集中しているから。4回目の、それでいて最後の挑戦に敗れても、ぜんぜん見えね~、きぼうが無え~ってわたしたちは笑えるだろうか。西の空が4分の1だけ開けている。試されているなあ、と思った。1分間のうちにその絶妙な隙間から見つけられるのだろうか。見つけられなかったときに、いちばん気の利いた言葉はなんだろうか。向こうは完璧に晴れていると言う。もしも。わたしだけ見られなかったらどうしよう。

 

真西にあるものは、東横インだった。盛岡駅前に二個あるうちの、小さいほうの東横イン。わたしは東横インを熱心に見つめている人になってしまった。わたしの前を高校生カップルがいぶかしげに横切る。藍色の明るい夜だった。わたしの住む村よりも、盛岡はやはり都会なんだなあ、とか、ここで一生暮らすのかもなあ、とか思った。4分を過ぎても何も見えなくて「大丈夫だよ」「うん、大丈夫」とうわごとのように唱えた。晴れているのに見えないなんて、どうしようもないな、と思ったその時だった。

 


ちいさい、ほんのこれっぽっちの金色の光が表れて、すすす…と北へ動いた。

針で開けた穴みたいに些細で、それでいて想像以上に素早かった。仮にも人類の駅が、こんなにちいさくていいのか。感動とも奇妙ともつかなかった。舞台を見ている人の前を横切るときの、いやあ、すみませんねえ、って速さだった。なんともあっけなく、これっぽちで、くだらなくて、うれしかった。「見えた!ちっちゃい、しょうもない!」わたしはもう、笑いが止まらなかった。「えっ、こっち見えないよ」と言ってすぐ、笑い声が聞こえた。「これかよ!」「たぶんこれだよ」「絶対これだけど、これかよ」「もっとさ」「うん、もっとすごいやつだと思ってた」「きぼうって、これか」何を言っても大きな比喩みたいでばかみたいで笑う。ひとしきり笑っているうちに、きぼうは北の空へ消えた。

駅に向かう道すがら、「見えちゃったよ」と言い、また笑ってしまう。見えたら感動して泣いちゃうと思ってたけど、ぜんぜん泣けなかった。「見たかったんでしょ」「見えると思ってなかったからさ」「おれあれだけ"大丈夫、見える"って言ったじゃん」信じてなかったのかよ。信じてなかったよ。だってまさか、こんなに、何かの台本みたいにさあ。

 

「見えなかったら何て言うか決めてたのに、見えちゃった」「見えたからもう言わなくていいよ」「そっか、そうだね」「絶対見えると思ってたから、見えたらなんていうか決めてた」「見えなかったら?」「俺がずっときぼうになるよ、って言うつもりだった」「あはは、それ言われたら振ってた」「やっぱり?」舞台みたいな歩道橋を登って、降りた。

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何を見ても何かを思い出す。伏線を張ってくらしていこうね、もうしばらくは回収できるかどうかなんて考えなくていいんだよ。あのとき落ち込んだあなたに渡したあみだくじの先をぜんぶあたりにしたのは、わたしが救われるためだったって、知ってた?

 

 

いまどんな顔してるの、と聞いたら、「あたらしいソファを買ったときの顔」と言われた。泣きそうなくらい妙にしっくりきたから、と。あたらしいソファ。わたしはあなたのあたらしいソファ。悪くない。

 

 


きぼうがみえてしまったから、仕方ない。ってことにするか。無理して進むことないけど、無理して踏みとどまることもない。毎朝届く花束を毎朝「いつかね」って笑って躱して、こっそり押し花にする。

 

 

 やれやれ。夏だ。まいったね。