泥濘に

iphoneを家に忘れた。通勤しながら返したいと思っていた業務メールがあり、音楽も聞きたかったので少しうろたえた。取りに帰ることもできないし、どうにもならないのですぐに諦めたけれど、少しうろたえたことにショックを受けた。わたしはiphoneがないとうろたえてしまうのか。

押しつぶされるような曇天に耐えられず、お弁当を食べ終えてから職場の外を散歩した。どうしても手紙が書きたかったので雑貨屋で便箋を買おうとしたものの、昨晩の火事のせいでやっていなかった。聞き取り調査をする消防署員の間をすり抜けて普段は入らない古本屋に入ったら、いちばん左手に近い場所に室生犀星の詩集があった。開くと「愛」と書かれた連があったので、何も考えずにレジへ持って行く。この詩集の空白の部分に手紙を書いてミドリに送ろうかと思ったけど、「意地汚いのは許すけどお行儀が悪いのは許しません」と言われた、こ
の場合この行為はどちらにあたるのか判断つきかねてやめた。

 

朝からぼんやりとしている。答えをうまく用意できない間に次の質問が来てしまうような焦りにずっと駆られていて、ミドリに連絡したくてもできない状況でよかった、と思った。このごろ悪い夢ばかり見て最悪な朝を迎え続けていることも、ミドリには言っていないし、言う必要もなくて、それで満足している。この4か月くらい、見えないもの、聞こえないものを勝手に作り上げて不安になるのはもうやめようと誓って、それなりに訓練に似たようなことを積み重ねて、見たくないものはほんとうに見ないで済むようになってきた。わたしには不安にかまけているような時間はない。それなのに、無音に、しーん、ってオノマトペがあるように、何もない、があることを妙に気にしてしまう。何もない、があることに意識を傾けてしまう。だからいままでひとりきりの時は常に音楽を聴いていたんだろうか。そんな理由で?

 

パァクでメニューも見ずにブレンドを頼んで、何かを埋めるように詩集を読んだ。詩集は150円だった。iphoneなんて家に置いて、毎昼こうして古本屋で本を買って帰宅までに読み切ればいいような気がした。「はる」を読んだらたまらなくなって、クレープみたいに折られた紙ナプキンを3枚貰い、ボールペンでミドリに手紙を書いた。とっちらかった暗い手紙だと思いながら。1枚目はびっしり文字を書き、2枚目は「はる」を模写し、テーブルに写ったインクを3枚目で拭った。書き終えてもなにも満足しなかったから、ライターで燃やそうと思って、そういう意味がありげなことばかりしようとする自分に嫌気がさして、折りたたんで手帳に挟んだ。


何から逃げているんだろう。

 

びよびよのゴムみたいになってフェルメール展を見ようと思ったのに閉館していて、タリーズの禁煙ルームを喫煙ルームと勘違いしてしまって、公衆電話に300円使ってしまって、目の前のおばあさんが倒れたのに何も出来なくて、最悪だった。

 

 

 

ひかりの魚を買った。女神のような女に送ったら気持ちが凪いだ。やっていくしかない。

 

帰宅して、17歳の8月に書いたブログを読んだ。死んだと思ったURLが生きていた。

いまと同じことばかり言っていて、変わることができなかったんだな、と思ったし、変えるなら今しかないのだと思った。いくつからピアノを習い始めてもいい。弾けたら良かったって言い続けて死ぬのがいちばん勿体無いって、黒柳徹子も言ってた。

 

寝る前に読み返したら紙ナプキンの手紙はありえないほど暗く重たかったので、笑いながらくしゃくしゃにして捨てた。

 

さて、やるぞ。