9月5日

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あたかもそこで暮らしているかのように、知らない団地に入ってフェンスに頬杖をついてそういう顔ができる。マンションを見上げるのが好きだ。なんていうか、未来があるから。

 

 

彼女に腹を立てているのか、あのときの自分に腹を立てているのかわからなくなって、昼休みにまた川沿いを歩いてしまう。みんなからあのときどう思われていたのか。その上でどうしてあれほどやさしくしてもらえたのか。彼女が自分に重なるからこそ、どう声をかけていいのかわからない。ほんとうに無理だと思っていたことも、わかるし、でも外側からでは救いようがないし、それは甘かった。追体験を持ってわかる。あきらめを伝えるとき、やさしさのほうが怒りよりも簡単だということか。情けない。どうしようもなかった。わたしがどうしようもなかったから、どうしようもないことばかり起きた。そのことにこうして気がついて、償うようにまともに働いてそれなりに疲れて暮らしていて、ほんとうに良かったと思う。ひとりひとりみんなにこういう経験があるのだろうか。ほんとうに? 生活を作品にしているうちに、作品のような生活になってしまう人がいるんじゃないかって昨日の夜ツイートしてた人がいたけど。あ〜、ほによ。

 

「恋をして愚かになるものは、恋をしなくても遅かれ早かれ愚かになっていたのよ」と、中国茶を飲みながら魔女に言われて、7年間。わたしは恋をしていてもしていなくてもつくづく愚かだった。そのどれもが中途半端で、しかし全力で愛おしかった。仕方なかったし、やっていくしかないし、今の自分を肯定できるだけの材料はここにたくさんある。

 

 

 だからもうこんなことする必要もないのにな。ないから鞄をからっぽにして家を出るのに、ファミマでたばこを買ってしまう。ミドリの前でどうしても、どうしてもだったとき「強気になりたいから」って言って吸った、あれはその場しのぎの言い訳のつもりだったけど、案外的確なのかもしれない。強気になりたい。強くなることができないから、せめて強気に。ミドリがわたしを仕掛け絵本みたいにひらいてくれる。複雑に、ゆっくり、丁寧に飛び出す。

 

 

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そらぁ早死にするわな。先端の灰がお葬式のときのとおんなじだもん。

 

夕陽を直視したせいで視界の真ん中に白い穴が開いている。二本だけのために買った一箱ばかりが部屋に溜まっていく。強気になりたいし、強気になった状態で思い出さなきゃいけないと思っているのかもしれない。忘れてはいけないと思い知りたいのかも知れない。

なにを?