どこ

 

 

怒子、というハンドルネームで共同サイトをやっていたことがある。

 

16歳か17歳の時なので、6年ほど前のことか。そこには他に喜子と哀子と楽子がいた。文芸部仲間4人で、わたしたちは架空の姉妹を演じていた。喜は黄色、哀は青、楽は緑の、それぞれのプロフィールページがあった。わたしのプロフィールは赤い背景で、口の端を小指でひっかけて引き伸ばして、だるそうに威嚇したような写真だった。イーッ。Nenetのにゃーのシャツを着ていて、zoffのアラレちゃんみたいな眼鏡をかけていた。

 

更新頻度はそんなに多くなかったと思う。勢いで声をかけて組んだものの、そもそもあんまり仲の良くない4人だった。そのうちふたりは高校も違ったので、どうにも仲良くなりようがなかったというのが正しい。コンセプトもろくにないまま、5ヶ月くらいかけてリアルタイムが18投稿くらい更新された。4人で遊んだのは一度きりで、盛岡でemotionalと落書きをしたプリクラを撮って、大して話も盛り上がらず、生パスタを食べて、また会おうね!とついに誰ひとり言わずに、遠くから来たふたりを駅で見送った。

 

喜子とはいまでも仲良くしているけれど、お互いが架空の姉妹で長女と次女だったことには触れない。触れたら触れたで、そんなこともあったねえ、なんて笑えると思うけど。そうならないだけで。

 

 

怒子のことをこうして思い出すときは、大概、何かに対する怒りが持続しなかったときだ。「怒るのは体力がいるから、若いうちにたくさん怒っておきな」と6つ上の知人に言われたことがある。「でも、怒りには、怒り続けなければならない責任があるよ」とも。そのことをよく考える。怒子だったらもっと怒り狂っていただろうな、と思う。怒子に大人のお手本を見せているようなきもちと、怒子にわたしの代わりに怒ってほしいようなきもちが両方ある。

 

 

サイトは、怒子と哀子が大喧嘩したのがとどめになって閉鎖された。どっちみち更新されていなかったから、悲しむ人もあんまりいなかった。閉鎖してから1年ほど、楽子は怒子ととても親しくなってふたりで遊ぶほどになるが、「仲良くすればするほど好きだけど大嫌い」と言って、突然怒子は絶交を言い渡される。「あんたがわたしの何に悔しいのか、羨ましいのか知らないけど、わたしはあなたに何も悪いことしてないよ。好きにすれば」と言い捨てた怒子は、そのあとくよくよと悩む。「仲良くするほど好きだけど大嫌い」という言葉の意味を、ずっとずっと考え続けて、ずっとずっと悩み続けて、ずっと。怒子はそのことを怒っている。

 

 

なんだったんだろう。なんだったんだろう、と言いながら過去になりきることのできないいくつかのトラウマを踏んでまた転ぶ。悪意のことを剣や針にたとえるのは余りにかっこよすぎてだめだよ。悪意は蜘蛛の巣みたいにもわっと顔を覆って、拭っても拭ってもくっついているような気がする。

 

人生には三大前提があって

①過去は変えられない

②他人は変えられない

③できることしかできない

だって。大学で習ったことでいちばん有益だったかもしれないな。

 

 

 

小指を口の端にかけて、やめる。なるべく苦しい日々を送ってほしいと願ってしまう人間くらい、わたしにもいるけど。イーッ、て怒るのは許しているときだけ。

 

 

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怒子、わからないね。わたしもまだわからないよ。

 

 

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