11月3日 夜

この世でいちばんひかりをなめらかに映すのは白ワインだと思った。歌声のような喋り声で、かわいらしくて懐かしくて逞しくて、どうしようかと思った。ほんものだった。

 

わたし、大学に入ってから一人暮らしの部屋で平賀さち枝江ノ島ばかりずっと聴いていて、白い光の朝にばかり聴いていて、雨の日のデモがサウンドクラウドに上がったときうれしくて一生懸命ギターを練習して、全然弾けなくて。音源だからそんなことありえないけどカセットだったらテープがびろびろになるくらい聴いたんです。その曲ばっかり。だからアルバムに入っている雨の日は歌詞が違ってすこしがっかりしました、でもこっちの歌詞もいいですね。いまのわたしはもう、平賀さち枝をわたしに教えてくれた人のことも、ギターをくれた人のことも、失ってしまったんですけど、でも、

 

言いたいことがたくさんあったのに本人を目の前にしたら、ほんものだ、って思ってあとうまく言葉が出てこなくて、2013年の来れなかったのでようやく会えました、ブログも好きでした、手紙書きます、名前はれいんです、雨のれいん。と隙間に差し込むように言って、来てくれてありがとう、と両手を合わせる彼女に頭を下げて、震える親指でCDを持って外へ出た。

 

どうにも抑えきれない気持ちでふかくさに行くと綺麗なドレスを着た女性がいて、見覚えがあると思ったら職場でよくすれ違う女性だった。美しかったので覚えていた。婚約の報告に来てくれたのよ、とビビさんが教えてくれる。おめでとうございます。結納の着物の色決めるのに迷ったりして、なあ。と男性が微笑みかける。素敵ですね、おめでとうございます!と手を叩くとはじめさんと金さんが「で、きみももうすぐ?」と笑う。酔ってるんですか?もう2年は辛抱ですよ。その時はここで披露宴していいですか? ピアノ練習しとくよ。ベックがたばこを一本分けてくれたから、灰皿をもらって川を見ながら吸って、ひさしぶりのたばこ、不味いな。やめられる気がします。何にも頼んでなかった、ごめんなさい、でもわたしそろそろ帰んなきゃ、灰皿代を、と言うと来週また来るでしょう、お誕生会よ。と手を握られる。うん、また来るね。おやすみなさい、と扉を閉めると、アディオス!って声が追っかけてきた。みなさん、また来週。

 

ミドリみたいにいろいろ詳しかったらもっと上手に伝えられるのにな、って悔しかった。好きなことを好きと伝えるのにも力が必要で、わたしはいま、あらゆる力をもう一度蓄えなければいけない。焦るような気持ちでいたけれど、蓄光が夜ひかるためには太陽をたっぷり吸い込まなければいけないんだ。忘れたい記憶の残る写真や文集は全部燃えるごみに捨てた。ギターを弾ける人にもう二度と恋なんてしないように、ギターを弾けるようになろうと思った。ここに立ち続けられるように、働くことにした。そして抱きしめたものだけを、ほんとうに抱きしめたことのあるものだけを、絶対に守ることにした。いま自分が選択しているもの、何ひとつ間違っていない。最新で最善だ。失ったり傷ついたりしないためにいちばん確実なのは結局信じ続けるということなんだってJPOPみたいだけどほんとにそう思ってるよ。

 

「みなさんはほんとうの生活を大切にしてくださいね、わたしも、そう心がけているので」と平賀さち枝が言って、背骨にもう一本線が通った。その言葉ばかり蘇って来る。ほんとうの生活。にこにこぼーっとしてて何にも考えてないように見えるでしょ、でもね。彼女が微笑むまでのすこしの間に隠されためくるめく感情が、わたしにはひとつ残らずわかったような気がしたんだよ。何曲も泣きそうになったけれど泣かなかった。次第にくやしい、と思った。かわいくて、かっこよかった。すばらしかった。くやしかった。

 

やっと会えてうれしいね!、の文字をずっと見つめている。わたしにはこの先、やっと会えてうれしいことばかりが待ち構えているはずなのだ。あとはそのすべてに真っ白な気持ちで会いに行くだけ。