12月17日

旅の話をもっと聞きたい。と思った。いままで、旅が語られることにあまり興味を持ったことがなかった。でもそれは旅そのものに興味がなかったのではなく、わたしの興味のない、もちろんわたしへの興味もない、テレビの向こうの芸能人の旅だからだ。好きな人の話すことはなんでもたのしい、みたいなの、あんまり賢い感じがしないけど、好きな人たちの旅の話を聞くことはとてもたのしい。良い旅をする良い友人たちに恵まれている。長野の港町に売られるずらりと並んだ串刺しの魚たちと、人馴れしたシマリスの写真を見せてもらいながら "いつか身動きが取れなくなって退屈な時間が増えたときに想いを馳せるための場所を増やすのが旅だ" って言葉を思い出す。インターネットでだれかが言ってた。旅の話を聞くと、わたしが想いを馳せることのできる場所がその数だけ増えるような気がしてくる。それと同時にその人のことを思い出すことができる。わたしは日本中に友達がいる。ほんとうに、日本中にいる。あと人生で何度会えるかわからない人に、それでも会う、会いたい。いずれ消えてしまう火だとわかっていても、ぶっとい蝋燭を突き立てて、火を放って、笑顔で手を振る。あるいはその蝋燭とマッチを渡して、見送る。

 

この街にある何を紹介してもそれよりも大きなものがある街の人だった。氷点下の凍える寒さすら、彼女にとっては一回り小さいもののようで、ほっかいどーはでっかいどー、と思った。言わなかった。彼女は参拝するたびに帽子を脱ぎ、それを心臓の位置に重ねるように持ち歩く。やけに美しく、わたしはその景色を再現するためにいままで被らず嫌いをしていた帽子を欲しいと思った。

 

7年間も会わずにいたとは思えなかったが、どこかで会ったことがあるとも思わなかった。ふしぎ。鍵屋のお父さんに、ふたりはそんな遠いのにどこで出会ったの、と言われ「インターネット」と答えたら便利だこと、彼氏もそうやっていい人見つけねばねえな、と笑われた。ふたりとも居るので目を合わせて笑う。

 

帰宅したらベッドの下にプレゼントが仕込まれていて、へな、と座り込んでしまった。手作りのかわいいカード。盛岡まで来てもらってわたしは何もしてあげられなかったような気がしてくる。でもそんなことないね。また会いにいけばいい。こんなに素敵な友達ばかりいるのだから、わたしだって頑張らなくちゃ。

 

 

もう1年が過ぎるのか。こうして、遠くの死に向かってゆっくりと歩いて行くのだろう。音楽くらいしかたのしいものないし朝が来るまで終わることないダンスを踊るしかないと思っていたけど、それもそうだけど、思っていたよりもっと地に足つけていろんなことができそうだな。自分のことをちゃんとやる。それにちゃんと向き合っていれば、他のこと考えている暇なんかなかったんだ。悪意は、悲観は、へんな時間のゆとりから生まれるものだって上司が言っていて、すんなり腑に落ちた。それは見て見ぬ振りをしてるんじゃなくて、見えてないものをねつ造するなって意味。

 

 

盛岡にまた月曜日が来る。全員吐く息が白くて、全員生きていて、仕事へ向かう。その波のひとつぶとして悴む指先に息を吐きながら、なんてことのない風景に無性に感動してしまったりするのは、年末に圧迫されたはやる気持ちのせいにして。