できない

高校生のときは自転車を2台持っていて、その2台とも使って学校へ通っていた。自宅から駅まで行くための自転車と、電車に15分乗った先にある駅から学校へ行くための自転車だった。15分と20分。合わせて8キロを毎日通っていた。自転車に乗りながら同じ曲ばかり聴いていた。全然飽きなかった。というより、毎日同じ景色の中でいろんな気持ちになるのを矯正するために、モチベーションを同じ温度にするために、同じ曲ばかり聴いていた。その都度気持ちが湧き上がり、学校に行くための自転車で、河原の公園のベンチへ行ってポメラを打っていた。正直、高校に通うのは結構つらかった。落ちこぼれだったのだ。勉強がちっともわからないから短歌や俳句ばかりノートの端に書いていて、そのせいでもっと勉強がわからなくなった。工藤、安心しろ、お前には伸び代しかないからな!大きく笑う先生に、ッスよね〜!ってニカニカ笑い返して、26点の再再再再テスト用紙でぽかりと殴られた。そういう振る舞いがいつの間にか染み付いてしまった。それでもいろんなものに対して、見てろよ、と思っていた。見てろよ。奈良美智の描く女のような目つきをしていた。

 

帰り道、駅から実家に向かうまでには大きな田んぼが連なっていて、水が引かれると一面が鏡になって山が逆さに映る。そこを全速力で自転車を漕ぎながら、チャットモンチーandymoriやSISTERJETの特定の曲をリピート再生していた。ふくろうずのマシュマロは、その中で最も多く聴いた曲かも知れない。

 

何か長いものを書くときは、BGMを決めてから書き出す。ふくろうずのマシュマロを聴きながら、吹奏楽部の女の子が、不登校のドラマーと出会う小説を書いた。もはやわたしの話だった。30枚の規定だったのに38枚になって、8枚削ったから審査員からは「内容が詰め込まれすぎ」という評価が下り、でも、全国で3位になった。3位になりました、と言って、その冬に取材したドラマーのお兄さんと交際した。

 

なんかドラマーが好きになってしまう時期があって、どのバンドもドラマーがいちばん好きだった。いまでも伊藤大地くん、好きだし。それで、ふくろうずからドラマーが脱退してから、自分の中でなんとなく疎遠になっていた。不仲説とか薬物事件とか暴力事件とか関わると、そのバンドをあんまり聴かなくなるので、でも、バンドって往々にしてそういうところがあるので、音楽を聴く以外の応援をあんまりしてこなかった。音楽雑誌もナタリーもほぼ読まない。ここまで書いて、わたしは音楽に対しても偏見と妙なミーハーで接しているのだなあと思う。

 

アルバム、最初の2枚しかろくに聴いていない。ライブも行っていない。好きなアーティスト、と言われて真っ先には出てこない。相談天国も、内田にいらいらすることがあったりして全部は見られなかった。でも、最初の2枚を呆れるほどたくさん聴いた。聴くとそのときの感情が再演される程度には。できない、がいちばん好きな曲で、いちばん最初に知った曲だった。PVが衝撃的だった。内田の声真似をして何度も歌った。

 

解散、とか言われても。ふーん、と思ったはずなのに、一晩明けても重く沈んでしまう。わたしは何にこんなに傷ついているのだろう。たしかにわたしの中で何かが落っこちて割れた音がした。

 

秋は冬になる。咲いた花は枯れる。雨は土に染み渡る。冬はさらなる冬になる。人はいずれ死ぬ。バンドは解散することもある。ちがうよ、わたしはそういう諸行無常的なことを言いたいのではない。いつのまにか置き去りにしたふりをした、全然置いていけていないわたしの大荷物と目が合って、その荷物が、燃えて、消えようとしている、焦りのような、成仏のような。

 

 

 

雨がふったって

あの日々は戻らない

それでも

いいよ

あなたが

夢を

 

見せて!

 

 

その束の間の夢が、わたしにとってはふくろうずを聴くことだったのかもしれない。自転車を漕ぐ、ぶさいくで、必死で、ひりつくほど眩しく輝いていたわたしがヘッドホンを外してしまう。戻らないあの日々が、そろそろ、もう、ほんとうに戻らなくなるのだと、認められないのか、わたしは。